経済・企業 学者が斬る・視点争点

経営情報は医療サービスの質を映す 伊藤由希子

 医療機関の経営情報を知る手段がなく、医療サービスの質を市民が評価できないのは恐ろしいことだ。

透明性高い情報データベース構築を

 東京女子医科大学の第三者委員会が2024年8月2日、岩本絹子理事長(8月7日解任)に対する、一般社団法人法の特別背任容疑をめぐる調査報告書を公表した。発端となったのは、同大学卒業生らによる刑事告発(23年3月)である。

 報告書が指摘した内容は多岐にわたるが、各紙報道では、理事長への不正な報酬の還流、推薦入試における大学への寄付額の考慮などの「学校法人」としてのガバナンスが主題となっている。そして、学校法人の監督官庁としての文部科学省の対応を求める声も高まっている。

 こうした論説に異論は全くないが、学校法人(学生数約1500人)の問題として収めるのは手ぬるい。東京女子医大は単に学校法人であるのみならず、病院5拠点、診療所2拠点(23年度)を運営する医療機関でもあり、法人の収入の84%は医療収入である。岩本理事長の就任(19年)以降、患者数は減少傾向にあるとはいえ、現在も1日平均で約5400人もの患者(うち、入院患者約1100人)がこれら医療施設を利用している。

 社会的影響力という点では「教育機関」のみならず、「医療機関」としての東京女子医大のガバナンス、つまり医療従事者の教育・待遇、医療提供体制の適切性に関してさらに踏み込んだ議論がなされるべきだ。今回、病院の改修をめぐる業者への不正な建築報酬支払いが長期にわたったことなど、同大学の経営基盤が医療機関だからこそ起きた問題は多い。

 同大学には、新型コロナウイルス感染症対策の補助金として約280億円(20~23年度合計)が国費で拠出された。さらに言えば、保険医療機関である同大の普段の医療収入約700億円のほとんどは保険診療で、公的保険料・公費がその9割を拠出している。医療機関の公共性・公益性の観点からも、経営の透明性が求められてしかるべきだ。

 なお、今回の問題の発端は昨年、内部から刑事告発があったことによるものだ。内部から告発があるまで、外部からは何も見えなかったのだろうか。ガバナンスが機能していないことをチェックする手段をシステムとして整え、情報公開によって透明性を高めることで、このようなガバナンスの不全を、そもそもにおいて抑止することが必要だ。

首都圏医科系で唯一減収

 図は首都圏に拠点を置く私立の医科系大学(東京慈恵会医科大学・日本医科大学・東京医科大学・北里大学・東邦大学)の医療収入を東京女子医大と比較したものである。新型コロナウイルス対策の補助金収入は除いている。図だけを見ても、東京女子医大の医療現場が「明らかにおかしい」様子が見て取れる。

 他の首都圏の医科系大学においては、20年度に医療収入が大きく落ち込んだものの、21年以降は全て回復傾向にある。一方で東京女子医大は4年間で100億円以上も医療収入が落ち込んだ。つまり、新型コロナなど外部環境の変化からは説明のつかない、法人としての特有な事情があることが容易に読み取れる。

 東京女子医大では14年、小児が致死量の鎮静剤を誤って投与され死亡するという痛ましい医療ミスが起きた。過去にも類似の医療ミスが明るみに出て、15年には特定機能病院(高度の医療の提供、高度の医療技術の開発及び高度の医療に関する研修を実施する能力等を備えた病院)の承認が取り消しとなっている。その際、第三者委員会による指摘・提言を受け「大学再生計画」を策定したが、その後、現実の医療現場では多くの混乱が起こった。

 例えば、大学再生の旗印として掲げたPICU(小児…

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週刊エコノミスト

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