GDP統計の水増しはできるか? 田原慎二
有料記事
GDP(国内総生産)統計は政治的に操作できるのか。過去のデータは興味深い動きを示している。
政治的意味踏まえた解釈も必要
GDPをはじめとする経済統計は、その多くが政府機関によって作成されている。このため、経済統計のあり方は、それが政府においてどのような体制で作成されているかということに影響を受けることになる。
政府が統計を作成するにあたり考えられる体制(統計機構)として、統計を専門とする機関が作成する方法と、統計の対象とする事業や業界を所管している機関がそれぞれ作成する方法が考えられる。前者を集中型といい、後者を分散型という。日本の統計は省庁に加えて日銀などが作成しており、分散型であるといえる。
集中型の利点としては、さまざまな事業や業界を共通の分類や調査項目で調査することや一元的な体制により調査の効率化が可能になる点がある。一方、対象となる事業や業界の実情についての知識が十分でない場合があり、調査項目の設定や調査方法が必ずしも最適なものでなくなることがある。
サービス業の情報に課題
分散型の利点としては、統計を実施する省庁が事業や業界についてよく把握しているため、何をどのような方法で調査すればよいかをよく理解できている点がある。一方、調査項目や統計表の様式が省庁ごとの判断で決められ、異なる業種や統計の間での比較が困難になる場合がある。
日本のGDP統計の作成にあたっては、分散型であることの弊害が以前から指摘されてきた。日本のGDP統計は内閣府によって作成されているが、それ以外の統計を担当する他の省庁からみると、GDP統計の作成を考慮して調査項目を設定するインセンティブは必ずしも強くない。そうしたことから、特にサービス業においてGDP統計の作成に必要な情報が十分に整備されていないのではないかという指摘がなされてきた。統計機構を集中型に変えて、「統計庁」のような機関に統計作成業務を集約すべきという意見もある。
しかし、分散型には既に述べたような利点もあり、一長一短といえる。加えて、分散型のあまり言及されないメリットとして、以下に述べるようにGDPの政治的な操作がより困難になる点がある。
2010年代中盤に、GDPの推計値が経済の実態を適切に表していないのではないかという議論が盛んになった時期があった。一方の意見は、GDPは実態よりも過小に推計されており、実はもっと多いのではないかというものであり、経済政策を担当している財務省や日銀の関係者を中心に主張がなされた。もう一方の意見は、GDPは実態よりも過大に推計されており、水増しされているのではないかというものであり、これは「アベノミクス」に批判的な民間の論者を中心に主張された。
統計作成機構のあり方という観点から考えたとき、集中型よりも分散型の方が統計の恣意(しい)的な操作は困難になる。政府首脳がGDPの水増しをしたいと考えたとしよう。GDP統計は元資料となる各種の統計から作成されているため、整合をとるために基礎統計から水増しする必要がある。また、特定の項目や産業のみが伸びていると不自然なので、バランスよく適度に水増しする必要がある。そのためには、複数の省庁に対して水増しの指示を出す必要があり、各省庁の幹部から担当者へと伝達していくことになる。
このようなことをもし実施すれば、多数の職員が水増し指示を知ることになり、どこからか情報が漏れるリスクに直面することになる。統計を作成する各省庁からしても、自らの業務ではないGDP統計のために水増しを行うことのメリットは乏しい。こうした理由から、「首相官邸が指示…
残り1104文字(全文2604文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める