円安の主因は「資金還流不足」ではない 佐藤清隆
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円安の一因として第1次所得収支の黒字のうち多くの割合が日本に還流しないことが指摘される。だが、それは大きな要素ではない。
短期的には資産市場需給で決まる
2022年は急速かつ大幅に円安が進み、日本の貿易・サービス収支の赤字が著しく拡大した年である。図は00年から23年までの日本の貿易・サービス収支と第1次所得収支(積み上げ式の棒グラフの合計値)、そして経常収支を示している。
日本の貿易・サービス収支は、東日本大震災が起きた11年に赤字に転落した。特に14年は巨額の赤字となり、経常収支も赤字に転落するのではないかと危惧された。その後、貿易・サービス収支は改善し、経常収支の黒字も20兆円前後の水準で推移した。
しかし、22年には14年の水準を上回る巨額の貿易・サービス収支の赤字となった。その理由は、ロシアのウクライナ侵攻を契機とした、世界的な資源エネルギー価格の高騰にある。同時期に円安も著しく進み、円換算した日本の輸入額が膨れ上がった。22年3月初めの1ドル=115円前後から22年10月には一時1ドル=151円を上回るほど、急速に円安が進んだ。
日本への資金還流と円安
貿易・サービス収支の赤字にもかかわらず、22年の経常収支は多額の黒字を維持していた。第1次所得収支が巨額に膨れ上がったからである。22年に貿易・サービス収支は21兆円を超える赤字を記録したが、第1次所得収支は35兆円に迫るほどの黒字となり、経常収支黒字は11兆円を上回った。
22年の経常収支が多額の黒字であったにもかかわらず、なぜ円安が著しく進行したのだろうか。その理由の一つは、日米間の金利差の拡大である。22年3月から、米国はインフレ抑制のために政策金利を段階的に引き上げた。それに対して、日本はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)などの強力な金融緩和政策を堅持したため、米ドル高・円安が著しく進行した。
この日米金利差による説明に加えて、近年、資金フローに基づく円買い・円売りの需給要因を重視する考え方が注目されている。具体的には、経常収支黒字の背後にある第1次所得収支の巨額の黒字に対して、「その黒字額ほど日本に資金が還流していない」「その結果、経常収支が黒字でも円安は解消しない」と、『日本経済新聞』の記事などで繰り返し指摘されている。
この考え方を理解するために、改めて第1次所得収支の構成要素を確認してみよう。第1次所得収支黒字の大半を占めるのは直接投資収益と証券投資収益の黒字であり、23年時点で日本の第1次所得収支黒字の約95%を占めている。直接投資収益は利子・配当として海外現地法人から日本の本社に送られる部分と、現地法人の内部留保として保有される部分の二つに分けられる。後者の内部留保に相当する項目は「再投資収益」と呼ばれる。
図の棒グラフは三つに分かれているが、そのうちの二つは「証券投資収益」と「再投資収益」である。最後の一つは、直接投資収益から再投資収益を除き、その他投資収益、雇用者報酬、その他第1次所得を加えたもので、ここでは「直接投資収益等」と呼ぶ。
この3項目のうち、証券投資収益は日本に還流しないと考えられている。再投資収益は現地法人の内部留保であり、日本に資金が戻ることはない。日本に資金が還流するのは直接投資収益等に相当する部分である。
図で22年のグラフを見ると、日本への資金還流に相当する直接投資収益等は貿易・サービス収支の赤字額の3分の2弱しかカバーできていない。貿易・サービス収支赤字による円売り需要が直接投資収益等による日本への資金還流分(円買い需要)を大きく…
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週刊エコノミスト
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