教養・歴史 学者が斬る・視点争点

男女共同参画を促す生殖補助医療 森啓明

 体外受精など生殖補助医療の技術進歩は女性の職業選択や進学行動にどんな影響を及ぼしているのか。

イスラエルの先進的な政策の影響

 少子化が進む日本で体外受精を含む生殖補助医療の活用が広がっている。年間出生数は2001年から21年の間、約30%減少し、21年には約81万人まで落ち込んだ。しかし、体外受精によって生まれた子どもの数はこの間に増え続け、21年には約7万人に達した(図)。さらに、22年4月からは体外受精を含む生殖補助医療に公的医療保険が適用されるようになった。高額な自己負担が必要だった医療サービスの敷居が下がり、生殖補助医療の利用が加速すると予想される。

 生殖補助医療へのアクセスが拡大することで、より多くの人々が出産の希望を実現しやすくなるだろう。また、子どもを持つタイミングを計画的に決めやすくなり、キャリアの中断を避けながら出産を諦めずに済む道が広がることも期待される。本稿は、生殖補助医療が男女共同参画を促進する力に焦点を当て、データサイエンスの手法を用いてその効果を検証した研究事例を紹介する。

 加齢に伴い妊孕(にんよう)性(生殖能力)は男女ともに低下するが、男性の方がそのスピードは緩やかとなる傾向がある。子どもを持つタイミングを柔軟にする技術革新は、この性差によって女性の人生設計により大きな影響を与えることが予想される。生殖補助医療の敷居が下がることは結婚や出産にとどまらず、職業選択や進学行動といった早期の意思決定にも影響を及ぼすかもしれない。将来的に生殖補助医療を利用しやすくなったことが人生設計に影響を与える可能性もある。22年の政策変更が女性のキャリア形成に与える効果の全体像を見極めるにはまだ時間が必要である。

イスラエルの成果

 30年前のイスラエルの政策変更は、生殖補助医療へのアクセス拡大が生み出す長期的な影響を推し量るために有用な事例を提供してくれる。イスラエル政府は1994年、全国民を対象として、子どもが2人生まれるまでは回数制限を設けることなく、体外受精を無償化する方針を打ち出した。日本を含む多くの国の政府が、出産に至ったか否かにかかわらず保険適用される体外受精の回数に制限を設けていることを踏まえると、イスラエル政府の助成制度は極めて手厚く、先進的・画期的だった。結果として、政策変更後3年間という短期間のうちに体外受精によって生まれる子どもの数は3倍以上に増加した。イスラエル政府は14年、体外受精の無償化対象を45歳以下の女性に限定し、43歳以上の女性には無料でできる体外受精の回数に制限を設けたが、生殖補助医療サービスの利用にかかわる手厚い補助は現在に至るまで続いている。

 米ペンシルベニア大学ウォートン経営学部のコリンヌ・ロウ准教授(労働経済学)らによる研究によれば、イスラエルで生殖補助医療へのアクセスが急拡大したことで、20代前半で結婚する女性が減った一方、20代後半以降に結婚する女性が増えた。この結果、女性が第1子を産む年齢は改革後10年間で半年ほど高くなったという。94年当時のイスラエルにおける女性の平均初婚年齢が23歳と低かったことを踏まえると、若い女性は晩婚化や晩産化によって追加的な教育投資をする時間・機会を得られた可能性がある。実際、ロウ准教授らの研究は改革の影響を受けた世代について、女性の大学および大学院進学率の上昇を観察した。結果として女性がより高い賃金を得られるキャリアを選びやすくなったことを示している。これらの結果は、イスラエルにおける生殖補助医療へのアクセス拡大が男女間の賃金格差を縮小させ、男女共同参画を促…

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週刊エコノミスト

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