宇宙のニッチ市場に挑む日本のベンチャー 鈴木一人
宇宙開発でも米中対立が強まる中、日本は「ニッチ分野」で活路を見いだそうとしている。
現代の宇宙産業の主役は民間企業、特に宇宙ベンチャーと呼ばれる新興スタートアップ企業だ。大富豪であるイーロン・マスク氏が創設したスペースX(米)や、ジェフ・ベゾス氏が立ち上げたブルーオリジン(米)など、最初から大規模に事業展開する企業もあるが、多くの宇宙ベンチャーは大学の研究室や、小さなプロジェクトから始まり、投資家から資金を集めて事業を展開している。
米国中心にグローバルな活躍をするベンチャーが乱立する中、すでに商業宇宙事業が過当競争状態を意味する「レッドオーシャン」化しているところもあるが、まだ企業の参入が進んでいないニッチ市場も多く存在している。その一つが、マイクロ波で地表の様子を測定する合成開口レーダー(SAR)を使った地球観測分野だ。光学衛星(デジカメのように写真を撮る)は、画像データの使い勝手の良さもあり、プラネット・ラボ(米)をはじめとする企業がすでに市場を席巻しているが、SARは電波を地表に照射し、その反射を画像として受け取るため、画像を読み解くためのスキルが必要だ。
電波を照射するため、電力を多く消費し、小型衛星では十分な電力が得られないため、撮像時間が短くなるという難しさもある。そのため、SAR衛星を使う宇宙ベンチャーはまだ少ない。
軌道上サービスに関しても、さまざまなアイデアは出ているが、具体的に事業化している企業は存在しておらず、この分野もニッチといえる。軌道上サービスとは、すでに軌道上にある衛星の燃料を再補給したり、故障を修理したり、寿命が尽きた衛星を除去するといった、いわばロードサービスのようなことを宇宙空間で担うことである。これは高速で移動する宇宙物体に接近し、サービスを提供するので、極めて高い技術が必要となる。しかし、高価な衛星の寿命を延ばし、障害となる宇宙デブリ(ごみ)を除去するニーズは高く、新ビジネスとして注目される。
こうした宇宙のニッチ分野は他にもまだあるが、実は日本の宇宙ベンチャーはこれらのニッチ市場に参入し、新たな市場を開拓しようとしている。小型のSAR衛星のコンステレーション(多数の衛星を同期して運用する事業)を手掛けているのがQPS研究所(福岡市)とシンスペクティブ(東京都)である。この市場にはアイサイ(フィンランド)や、カペラ(米)が存在するが、まだまだ十分に開拓されていない。また、軌道上サービスの分野ではアストロスケール(東京都)があり、世界で最も早く、宇宙デブリの除去につながる実証衛星を打ち上げ、現在、実際のデブリを除去するための衛星が軌道上で稼働している。
官民共同で技術育成を
こうした商業的な宇宙活動を支える上で、何よりも重要なのは、国の役割だ。政府は研究開発に資金を投入し、ロケットや衛星の技術開発に力を入れてきた。宇宙開発の黎明(れいめい)期であれば、宇宙技術の獲得が最優先となるが、すでに宇宙技術は成熟期に入っており、新たな研究開発よりも、そこで開発された技術をどのように活用し、新たな産業につなげていくかが求められる。
そんな中、米航空宇宙局(NASA)や、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)といった宇宙機関の役割も変わってきている。彼らは民間企業に業務をアウトソースし、宇宙での活動を民間企業に行わせて、そのサービスを調達する「アンカーテナント」としての役割を果たすようになっている。アンカーテナントとは、民間企業のサービスを調達し、民間企業に安定した売り上げを提供する存在である。
宇宙機関はアンカーテナントであると同時に、民間企業がサービスを提供するために必要な技術開発を進めるための支援もする必要がある。単に技術開発のメニューを与えるだけでなく、その先にどのようなサービスを提供し、どのような事業を成立させることができるかを考えながら、民間企業がグローバル市場で競争力を持てるようにすることが、重要な政策目標となる。
その意味では、これまでのように、足りない技術を開発するとか、他国に追いつくための技術開発を進めるといった役割ではなく、政府と宇宙機関は宇宙産業を育てるため、どのようなニッチ市場に参入するのか、そのために必要な技術は何かを判断しながら、民間企業を支援することが必要となる。
(鈴木一人〈すずき・かずと〉東京大学公共政策大学院教授)
週刊エコノミスト2024年7月30日号掲載
宇宙・ビジネス新時代 日本の宇宙企業 ニッチ市場の開拓がカギに 注目はSAR衛星ビジネス=鈴木一人