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日銀の勝負 到達点への焦りで利上げ決定 物価2%割れまでの時間は1年弱 末広徹

記者会見で利上げなどについて説明する植田和男日銀総裁(7月31日)
記者会見で利上げなどについて説明する植田和男日銀総裁(7月31日)

 日銀は大方の予想に反し、7月31日の金融政策決定会合で政策金利について、現行の「0~0.1%程度」から「0.25%程度」に引き上げることを決めた。想定よりも早めの利上げを決定した背景として最も大きかったのは、個人消費が弱含む中で利上げ継続に焦りが出てきたこと、だったとみられる。

 利上げに対する焦りとは、利上げの到達点を十分に高くできないかもしれないという焦りだ。

 足元までに、1ドル=160円の円安は個人消費を弱体化させることが分かり、政治的にも受け入れられないことが明らかとなった。

 しかし、世論が望む1ドル=120~130円では、日銀が「第一の力」と表する「円安や国際商品価格の上昇が輸入物価を通じて国内物価を上昇させる作用」が弱まってデフレに逆戻りするリスクがある。消費も強く、インフレも強い、というパスは現実的ではないことが分かってきたのである。

痛み覚悟

 エコノミストのコンセンサス予想によると、2025年後半にはインフレ率は2%を割り込むとされ、円高が進めば下振れリスクは大きくなる。日銀に残された時間は1年弱と考えられる。

 日銀が早めの行動で犠牲にしたのは、利上げの分かりやすさだ。日銀の利上げのロジックは4段階ある。①個人消費が強くなり好循環が確認できる、②賃金の継続的な上昇が確認できる、③0.5%まではまだ低金利で経済に悪影響は少ない、④家計は貯蓄超過主体なので利上げが消費にポジティブだ──という四つである。

 いうまでもなく、①と②による利上げは説得力が高い。筆者を含む多くのエコノミストは当時、秋ごろに想定される実質賃金の前年比プラス化を待ってから利上げを決めると予想してきた(実際に8月6日に公表された6月分でプラス化した)。

 だが、植田和男総裁は会見で「金利の水準あるいは実質金利でみれば、非常に低い水準での少しの調整ということなので、景気に大きなマイナスの影響を与えるということではないというふうに思っている」とした。これは③のロジックの説明だ。日銀は利上げの分かりやすさのロジックを落としてまで、勝負に出たのである。

 勝負に出た結果、円高が進み、日本株は大幅に下落した。勇み足だったのではないかとの声も聞こえるが、異次元緩和からの正常化には痛みを伴うという覚悟の上だろう。今後、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ後に円高が進んでいたり、実質賃金が上がっても消費が上向かないことが明らかになったりした後に利上げをしていれば、批判はもっと大きくなっていただろう。植田総裁がコストを最小化しようとした結果、今回の決断になったと考えられる。

 今後、日銀は利上げ余地を模索することになるだろう。しかし、年内にあと1回(最短で10月、解散総選挙が10月に重なれば12月)、25年前半にあと1回(春闘後の25年4月を想定)の利上げにとどまるだろう。

 経済・インフレの弱含みによって時間切れとなる可能性が高いと、筆者は予想している。

(末広徹・大和証券チーフエコノミスト)


週刊エコノミスト2024年8月27日・9月3日合併号掲載

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