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試練の米金融政策 雇用とインフレに“悪い均衡”の懸念 小野亮
インフレへの対応が遅れた米連邦公開市場委員会(FOMC)は、雇用悪化への対応にも出遅れるのか。米金融政策はインフレ警戒姿勢を維持してきたが、その間に、労働市場の雇用吸収力は当局の予想を上回るスピードで低下していたようだ。
7月31日、FOMC後の記者会見で、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、驚くほど率直に利下げのシナリオに言及した。声明文では、雇用とインフレのリスクバランスが均衡状態に達したと表明。インフレへの対応に軸足を置いてきた米金融政策は大きな転換点を迎えた。その背景には、インフレ率の落ち着きと雇用情勢の正常化がある。
衝撃の雇用統計
1~3月期に上振れたインフレ率は4~6月期に改善。パウエル議長は6月の実績値に触れ、「1年前と比べてはるかに良い状況で、かなり改善している」と強調した。一方、労働市場では歴史的な人手不足が解消されてきた。求人倍率はパンデミック前と同水準に低下、4~6月期の雇用コスト指数は市場予想以下の伸びとなった。
パウエル議長は、雇用・物価両面で良い動きが続けば、9月会合での利下げが検討される可能性があると言及した。さらにパウエル議長は、労働市場が正常化し、大幅なインフレ圧力の要因になるとは考えられなくなったとして、「これ以上、労働市場のクールダウンは望んでおらず、不必要だ」とも述べた。
パウエル議長は事前に知っていたのか。FOMC後の週末に発表された7月雇用統計は、雇用急変のシグナルを発する内容だった。
非農業部門雇用者数と賃金は市場予想を下回り、失業率は4.3%と前年同月と比べて0.8ポイントも上昇した(図)。米国の労働市場には、数百万人の移民労働者を吸収する力があったが、その力が消えてきている。パウエル議長は、労働市場の動きに隠れる「悪化の兆し」に注意を払い、慎重な政策判断が必要だと述べたが、雇用統計はスタートのつまずきを示唆している。
今後、米金融政策にとって厄介なのは、雇用悪化とともに、インフレ率が再び上振れ始める場合である。雇用と物価の「良い均衡」ではなく「悪い均衡」への対応はこれまで以上に難しい。
パウエル議長は雇用統計をどう受け止めたのか。8月下旬のジャクソンホール(米カンザスシティー連邦準備銀行主催の年次経済シンポジウム)講演に熱い視線が注がれる。
(小野亮・みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部プリンシパル)
週刊エコノミスト2024年8月27日・9月3日合併号掲載
FOCUS 試練の米金融政策 雇用悪化とインフレ 「悪い均衡」の懸念=小野亮