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金融政策は米国が利下げへ 日本が利上げへ 鈴木敏之
軍艦の艦橋で艦長の全速前進の声が響いた。8月23日のパウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長のジャクソンホール(JH)講演は、その光景をほうふつさせる。パウエルFRB議長は、これまでのインフレ抑制を優先する強い金融引き締めをやめて、緩和に転じることを告知した。金融政策の大転針である。
カンザスシティー連銀のJH会議は、元来、釣り好きのボルカー議長を招いて、釣りやハイキングなど私的な接触機会をつくり、米連邦準備制度(FRS)、各国中銀のトップが公にできない情報交換の場を提供するものであった。近年、パウエル議長の下では、FRB議長が、この先の金融政策を告知する機会となっている。
2021年には、パウエル議長は、当時、高まっていたインフレは一時的とみていると語った。すなわち、その時点では、積極的な利上げは要らないという判断が告げられたことになる。その後、インフレの高進が止まらず、パウエル議長は、利上げを繰り返す引き締めに追い込まれ、22年のJHで、9分弱という短時間の講演で、12年のドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁(当時)のユーロを守るために何でもするとした講演を連想させる迫力でインフレを抑える決意を語った。23年講演では、インフレ抑制は道半ばとして、それまでの引き締め路線を続けると語った。
そして今回、インフレ抑制への自信(confidence)が得られつつあるが、一方で、雇用については下方にリスクがあるとして、パウエル議長は、「金融政策の調節(adjustment)が要る、その調節の方向は明らか」として、次回の9月17・18日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げに動くことを告知した。
7月の米雇用統計で失業率が4.3%となり、景気後退を警戒させるSRI(Sahm Recession Indicator)基準をヒットして、2期以上連続のマイナス成長の景気後退に陥るリスクが意識された。その状態で、強烈な金融引き締めを続けられない。政策金利であるFF金利は、23年7月に5.25~5.50%まで上げたが、その後、インフレ率は低下しており、実質金利は高まっていて、引き締めは強めていることになる。これで、景気後退に陥れば、金融政策としては未曽有の醜態になる。利下げへの転針は、広く納得を得ようとしている。
日米の方向が真逆に
JHでパウエル議長が、利下げへの転針を発言する12時間前、日本銀行の植田和男総裁は、国会の閉会中審査で、経済・物価の見通しが実現していくようであれば、金融緩和の度合いを調整していく基本的な姿勢に変わりはないことを告げていた。
これは、いよいよ日米の金融政策が、日本は利上げ、米国は利下げという組み合わせが現実になること意味する。日米の政策金利差の縮小が方向づけられたことになり、ドル・円相場も円高方向に動き出すことになろう。
(鈴木敏之・グローバルマーケットエコノミスト)
週刊エコノミスト2024年9月10日号掲載
FOCUS 米金融政策 次回FOMCで利下げへ 景気後退のリスクを意識=鈴木敏之