週刊エコノミスト Online サンデー毎日
~もう一つのフジロック物語~エンタメ満載、25年目の苗場 山田厚俊
◇フジロックフェスティバル2024 フェス大好きジャーナリスト山田厚俊の渾身リポート
今夏も新潟県湯沢町の苗場スキー場でフジロックフェスティバルが7月26~28日に開催。本誌7月7日号で既報通り、苗場開催は25年目。前夜祭も含めた4日間で延べ9万6000人が訪れた。音楽だけでないエンターテインメントに満ちたフジロックをお届けする。
▼舞茸天そば、鮎の塩焼き……絶品フェス飯に舌鼓▼子連れフジロッカー多数でベビーカーの列
7月27日、記者は埼玉県内の自宅から在来線を乗り継ぎ、上越新幹線大宮駅へ。ここから約1時間でフジロックフェスティバル(以下、フジロック)の最寄り駅、「越後湯沢駅」に到着。駅前でシャトルバスに。午前10時ごろにもかかわらず、早くも長蛇の列だ。親子連れ、カップル、友人グループなどさまざま。乗車料金は2000円。高いと思われがちだが、往復分の料金で帰りは無料というシステム。約40分で会場となる苗場スキー場に到着した。 東京ドーム約14個分の会場面積を持つフジロックには、さまざまなエリアが設定され、大小16ステージが点在している。
入場ゲートをくぐるとすぐに現れるのが約4万人収容の「グリーンステージ」だ。フジロックのメインステージで、ヘッドライナー(主役)がその日の最後を飾る。 グリーンステージ手前を左手に進むとフードテントが軒を並べるオアシスエリア。ここには約5000人収容の屋内型ステージ「レッドマーキー」、夜になると桟敷席がステージに早変わりする「苗場食堂」、夜中には野外ダンスフロアとなる「GAN-BANスクエア」などがある。
グリーンステージに戻り、さらに奥に進むと約1万5000人収容の「ホワイトステージ」。ここから「ボードウォーク」と呼ばれる木の歩道を歩いていくと森の中に突如現れる「木道亭」。木で組まれたステージが自然と調和している。この中に、誰でも演奏可能なストリートピアノ「森のピアノ」が新たに設置された。
ボードウォークを進み切った最奥端にあるのが「フィールドオブヘブン」。森に囲まれた自然の中で約5000人収容可能。このステージで使用する電力はバイオディーゼル発電でまかなわれ、CO2排出量削減に取り組んでいるという。
◇「親子で楽しむ」招待枠の意味
まずは、ステージを楽しむより会場散策。グリーンステージを通り過ぎると右手に「キッズランド」がある。平地ではなく、丘の形状そのままに、さまざまな手作り遊具が設置されていた。 たとえば、ゴムの配管が木琴のように並べてある。備え付けのビーチサンダルで切り口を叩(たた)くと音が出る。音階ごとに切ってあるのだ。
中央部分では焚火(たきび)をしている。スタッフや親たちが見守る中、子どもたちは木を拾ってくべたり、「こっちが火が弱いからもっと木を足そうか」などと口にしている。 スタッフの責任者、嶋村仁志さん(55)は「安全確保のためにスタッフは必要ですが、子どもに何か教えるとか指導するとかはしていません。子どもたちが自然と関わりながら育っていくお手伝いをしているだけです。一緒に遊んで、学べる場でありたい。決しておぜん立てせず、私たちも学びながらこの場を作っている」と語る。
以前からあったキッズランドだが、変化が見られた。通路脇にベビーカーが列をなしていたのだ。幼い子ども連れのフジロッカー(フジロックファンの愛称)が増えているのだろう。 子どもといえば、本誌7月7日号でフジロックが地元小中学生を招待していることに触れた。そこで翌28日午前8時半、集合場所の湯沢町役場へ。 最初に現れたのは、南雲香織さん(48)と小5の夏帆さん(10)母娘。普段はK-POPをよく聴く夏帆さんは、アニメのオープニングテーマソングで人気のキタニタツヤを観るのが楽しみだと教えてくれた。香織さんは「久しぶり。娘と一緒に楽しみたい」。
簡易椅子やシートなど装備を万全にして現れたのが、五十嵐(いからし)大樹さん(42)と中1の蓮さん(12)、小1の陽(はる)さん(7)父子。大樹さんはパンクロック好きで、HEY-SMITH狙い。フェス慣れしている雰囲気が漂っている。長男の蓮さんは2回目のフジロック。初参加の陽さんは親子3人で遊びに来ていること自体が楽しそうだった。
この日は大人17人、子ども23人が参加。町が所有するマイクロバス3台で会場へ。同町の笛田利広・観光商工係長は「どちらかというと、親御さんの方が楽しみにしているケースが多い。それでも、親子で楽しんでもらえれば十分」と笑顔で語った。
子どもたちが年齢を重ね、さまざまな音楽に触れた時、「あの時、お母さんと一緒に聴いたバンドだった」と振り返ることがあれば、自分が住む町の一大イベントとしての誇りにもつながり、まちづくりに寄与するものと言えまいか。
まちづくりといえば、東京から移住して起業したフジロッカー、「きら星」の伊藤綾社長も忘れてはならない。ホワイトステージから小高い丘を登っていくと、NGOのブースやオーガニックショップが軒を連ねる「NGOヴィレッジ」が現れる。その一角に、きら星のブースがあった。オリジナルTシャツやペットボトルホルダーなどの販売とともに、湯沢暮らし相談を受け付けるというもの。「フジロックのメインは当然、音楽。ここは休憩所として使ってもらっていいし、雨が降ったら雨宿りの場所でもいい」
まるで商売っ気がないような伊藤社長のコメントだ。本人もお目当てのバンドの時間になるとステージへ足を運ぶ。とはいえ、移住促進は気の長い話だ。今はじわりと浸透させるため焦らずゆっくりの構えのように見えた。
◇「地元産」に込めた思いも隠し味
そろそろ腹も減ってきた。となれば、今や定番の「フェス飯」をいただこう。カレー、ラーメン、肉料理や多国籍料理……。数々の名店や話題の初出店など品数豊富で迷う。しかし、ここは「地元」にこだわってみたい。
27日のランチに選んだのは新潟舞茸を前面に押し出したお店「タナカクマキチ。」の舞茸天そば(800円)。大ぶりで歯応えのある揚げたての天ぷらが、そばつゆのうまみを吸っておいしさ倍増。平打ちの日本そばも風味が伝わり美味。見た目よりボリュームたっぷりで、舞茸照焼きピザも食べたいと思っていたが、そばで大満足となった。
店主の樋熊篤史(ひぐまあつし)さん(51)は渋谷でお店を経営していた18年前からフジロックに出店。その時、新潟の食材を生かしてやりたいと考え、舞茸をメインの店舗にしたという。今は渋谷の店は畳み、新潟・十日町で店舗を経営。「地元・新潟の食材を楽しんでもらえれば」と笑顔で語った。
28日のランチは、前出・湯沢町の笛田係長にオススメを聞いた。「それならぜひ鮎の塩焼きを食べてください」
赤地に白抜きで「地鮎の塩焼き」、鮎の串焼きの写真がひときわ目立つ。鮎茶屋の屋号を掲げているが、店主の髙橋五輪夫(いわお)さん(52)は、湯沢町で旅館を経営していて、鮎の塩焼きはフジロックのみの〝限定品〟だ。
南魚沼市の魚野川で養殖されている鮎は、テント裏で炭火で焼き上げたもの。「ガスだと15~20分で焼きあがりますが、炭火でじっくり45分かけて焼くため、頭から尻尾まで全て食べることができます」
香ばしい匂いの鮎の塩焼き(850円)を頭からかぶりつく。骨のゴツゴツ感が全くなく軟らかくてうまい。身はふっくらして塩が全体に馴染(なじ)み、食欲をそそる。ビールとのセットは1500円で、これが飛ぶように売れるそうだ。「ライブを観ながら両手でビールと串を楽しめる。箸を使うことなく、ゴミも串1本だけだからお手軽なんです」(髙橋さん) 炭はナラやクヌギの間伐材を使い、養殖業者も高齢で仕入れ量も少なくなっている中、「少しでも新潟の良さを感じてもらいたい」(同)との思いで続けているという。取材が無ければビールをガブ飲みしたいところ、グッと我慢したのは言うまでもない。
◇ルール求める意識強まった結果
フジロッカーの多くは午前中からフェス飯とビールでライブを楽しむ。だからだろう、公衆トイレには男性の長蛇の列が目立った。アミューズメント施設や他のライブ会場でこれほど男性が並ぶ姿は見たことがない。「皆、ビールを飲み過ぎだろ!」と、心の中で憎まれ口を叩いてみた。
汗だくなので水分補給をしようと思い、立ち寄ったのは「朝霧食堂」。フジロックを主催する「スマッシュ」の〝もう一つのフェス〟朝霧JAMの開催地から参加している飲食ブースだ。こちらで「飲むヨーグルト」(400円)をいただく。爽やかで口当たりがよく甘さ控えめで、暑さがスッと引ける心地よさだ。「気に入っていただけたなら、10月の朝霧JAMもぜひお越しください」
スマッシュの執行役員、石飛智紹(いしとびともあき)さんのほくそ笑む顔が、一瞬頭をよぎった。ちょっと悔しい。
キッズランドからホワイトステージへ向かう途中、木橋を渡る。会場内には川が流れているのだ。見下ろすと、多くの家族が川遊びを楽しんでいる。もはや川辺のキャンプ場に来たような錯覚に陥る。
結構歩いた。そこでホワイトステージ近くに設置されていた喫煙所へ駆け込み一服。記者は5年前にもフジロックを訪れているが、以前は通路沿いに灰皿が置いてあっただけで、喫煙所は無かった。
早い段階からゴミの分別をはじめとしたSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みを行ってきたフジロックだが、一方で規制やルールを最小限にとどめ、各々のモラルを向上させることで楽しむ空間づくりをしてきた。しかし、スマッシュの石飛さんはこう語る。「数年前から喫煙所を設置しています。理由は二つ。コロナ感染対策の影響で、会場内を禁煙にした上で喫煙空間をしっかり作ろうということになりました」
それは致し方ない。しかし、もう一つの理由には驚かされた。「観客の変化です。相手を思いやり、社会生活を円滑に行うために守るべきマナーをもって行動するのではなく、決められたルールを求める傾向が年々強まっています。たばこ問題に関しても喫煙所の整備が進み、喫煙所ありきの分煙ルールに関する問い合わせが増えたため、設置することになったのです」
自主性を重んじてきた〝フジロックの精神〟が後退したかのように見えた。紫煙をくゆらしながら少し寂しく感じた。
ボードウォークは段差がなく、障害者や老人にも優しい遊歩道だ。両端にはさまざまなオブジェやアート作品が並び、自然と歩みも軽やかになる。
通路の何カ所かではパントマイムの演者がいたり、木陰でくつろぐ親子の姿も見られた。音楽とともに、自然の中でさまざまな文化を楽しむ空間があった。
2日間、ステージ鑑賞よりも会場内を歩きまくった。スマホの万歩計を確認すると、計4万4673歩。1日2万2000歩以上歩いていた計算だ。普段、せいぜい5000歩程度だから、記者にとっては驚異的な数字だった。
◇苗場の森に涙と歓喜が交錯した
さて、いい加減音楽の話をしよう。グラビアで紹介した通り、今年のフジロックは出演者も参加者も〝一つの思い〟を抱えながら苗場に足を運んだようだ。
埼玉県から来た40代の男性は、川で小3の息子と遊んでいた。今回楽しみにしているバンドを聞くと「ウィークエンドラバーズです」と一言。東京から1人で来た60代の男性も「これから仲間たちと合流して、ウィークエンドラバーズを観る予定です」と語った。
ウィークエンドラバーズは、昨年11月に55歳で亡くなった「ザ・バースディ」のチバユウスケさんが、ドラマーの中村達也さんとともに主宰したイベントの名称だ。それが11年ぶりに復活するとあって、多くのフジロッカーは集まった。
前出・石飛さんは語る。「チバユウスケさんは、フジロックと本当に縁の深い日本人アーティストでした。1998年の東京・豊洲開催でミッシェル・ガン・エレファントで参加してもらい、2000年には国内アーティストで初のヘッドライナーを務めてもらったし、その後もザ・バースディやソロとして何度も苗場を沸かせてくれました」
共に歩んできた気持ちがある、と振り返り、訃報を知った昨年、スマッシュの事務所では泣き崩れたスタッフもいたと明かす。
だからといって、追悼するイベントにはしたくなかったという。裏方、出演者、観客……それぞれが〝秘めた思い〟を抱えて参加し、苗場の森に共通の感情、音魂を響かせた。苗場開催が四半世紀の節目を迎えた今年のフジロックは、涙と歓喜が交錯した特別な3日間だったのではないか。<サンデー毎日9月15日号(9月3日発売)より。