急ピッチで外食化するインドの食卓 宗教的タブーを超えて 小林真樹
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かつてヒンズー教徒にとって縁遠い存在だった外食は、時代とともに定着、拡大した。一方で、保守的な人々は急激な変化に警戒感を高めている。
家事からの女性解放にも貢献
「妻も私もラーメンが大好きで。実は昨夜も妻と近所の店に食べに行ったばかりなんです」。今年で日本在住11年目になる知人男性のマノージさん(仮名)は楽しそうに、そう話した。
食べ歩き好きのマノージさんは、インド南部のチェンナイ出身だ。日本で初めてラーメンに出会うやいなや、多くの外国人同様その味のとりこになった。
しかし、その他大勢の外国人と違い、マノージさんは生粋のヒンズー教徒である。豚肉は牛肉と共にタブーのはずだ。ならば多数派のヒンズー教徒の中で、マノージさんだけが例外的な存在なのだろう──。そんなふうに私は自分を納得させていた。しかし実態は、意外とそうでもないらしい。
「インドのことをよく知っていると自任されておられる方ほど、そう思われるんです」。そう語るのはチェンナイで日本食レストラン「天竺牡丹」を経営する山内直樹さん。この地で店を開いて約30年。当初こそ日本人の駐在員客がメインだったが、ここ数年はインド人の客の方が増えているという。
「すしや日本酒を楽しまれるインドの方が増えています。それも、上位カーストとされるバラモン(ブラーフミン)の方々がね」
山内さんによると、厳格な宗教生活を送ろうとするヒンズー教徒ならそもそも外食などせず、自宅で妻や母親の作った手料理以外は口にしない。だから外食する時点で戒律の枠外へと一歩踏み込んでいる、というのである。
変容する価値観
それを裏付けるように、経済成長に伴いインドのレストランの数は急増中である。NRAI(全インドレストラン協会)の見通しでは、今後4年で約8.1%の成長が見込まれており、月平均のインド人の外食頻度も2018~19年の6.6回から23~24年には7.9回と、20%増加すると予測されている。
インド経済の好調さを最も強く肌で感じる場所が、街中の外食店だろう。巨大ショッピングモールのフードコートに入る外資系ファストフードチェーンから、派手な内外装が目を引く今風のレストラン、「ターリー」や「ミールス」と呼ばれる伝統的な定食を食べさせる昔ながらの大衆食堂に至るまで百花繚乱(りょうらん)。その数にも驚くが、圧倒されるのはそのいずれもがひしめき合うように混み合っていること。とりわけ昼時には、中に入れない人たちが店を取り囲むように順番待ちしている。
「私たちが子供のころは、食事といったら家で食べるものでした。それが今では家族そろって外食するのが当たり前になっています」。冒頭のマノージさんは言う。現在30代後半で自身もラーメン好きだが、ここまでの急速な食を巡る環境や習慣の変貌は想定外だった。かつてインドでは日常的な食事だけでなく、親戚たちの集まりや婚礼での宴席料理ですら、家の女性たちの手で作られていたという。
「今ではケータリング業者に依頼するのが主流です。さまざまな業者が腕を競っていて、豊富なオプションを選ぶことができます。電話一本で打ち合わせができるのも便利ですね。家で作ることなどなくなりました」
「女性は外で食べるべきではない」という価値観が支配的だったひと昔前、外食店にやって来るのはもっぱら男性の個人客だった。それが今では家族連れでの訪問が当たり前になっている。店側も世の中の動向に敏感に対応し、ファミリータイプのレストランが急増中だ。
こうした価値観の変容は、外食産業の成長を促進すると同時に、女性たちの家事労働からの解放にも貢献している。「家で女性が作るもの」だった食事が、今では「外で家族で食べるもの」として捉えられるようになったのだ。食を含む家事労働全般で急速にアウトソーシング化が進んでいる。
ただ、そうした旧来の生活様式が変わることを手放しで歓迎しない人々もいる。急速な変化に危機感を募らせる、保守的な人々である。
ピュア・ベジタリアンとヒンズー教至上主義
インドでは今年、5年に1度の総選挙が行われた。ナレンドラ・モディ首相率いる与党・インド人民党(BJP)は、前回19年の303議席から過半数に満たない240議席へと大きく後退。単独での政権は維持できなくなり、複数の政党との連立を余儀なくされることとなった。主たる敗因は、インフレ率の増加や若者を中心とした高い失業率であると分析されている。
モディ政権は、国内的にはヒンズー教至上主義的な政策を掲げることで勢力を拡大してきた。今年1月に再建された北部ウッタルプラデシュ州アヨディヤのラーマ寺院落成式はその象徴だ。ムガル帝国時代に建造されたバーブリー・モスクは、ヒンズー教の聖地の上に建てられたとして1992年、ヒンズー教過激派によって破壊されて以降、長らく係争の地だった。19年にヒンズー教徒…
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週刊エコノミスト
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