今は“戦争の世界” 防げ!第三次大戦 東大作
国家の主権と国境がないがしろにされ、“虐殺”すらも行われる時代になった。こうしたことが当たり前になれば、19世紀的な世界へと逆戻りしてしまう。
世界は今、まさに「戦争の世界」に入っている。2022年2月に勃発したウクライナ戦争、昨年10月に勃発したガザ紛争、今年9月に一気に拡大したイスラエルとヒズボラの戦闘、そしてスーダンやコンゴ民主共和国の内戦──。ウプサラ大学(スウェーデン)の「ウプサラ紛争データ」によれば、22年1年間の軍事衝突は55を数え、「戦争の激しさと数の多さは、冷戦終結後で最も深刻」とされている。
深刻さは戦争の数だけではなく、その被害と国際秩序に与える影響にも表れている。ロシアによるウクライナへの一方的軍事侵攻は、「国家主権を尊重し、他国に勝手に侵略して領土を増やしたりしない」という第二次世界大戦以後、それなりに守られてきた最も重要な国際的ルールを、国連安保理の常任理事国であるロシアが破り捨てたことを意味する。
このようなことが当たり前になれば、「民主主義」の国であれ、王国や首長国、一党独裁などいわゆる「専制主義」の国であれ、基本的にはこれまで守ってきた「国家の主権と国境の尊重」という世界の大原則が崩れ、いつでも隙(すき)あらば他国に攻め込むような19世紀的世界に逆戻りしてしまう。それは世界全体の秩序を崩壊させ、世界経済をも苦境に陥れるだろう。
さらに、ロシアのウクライナ侵攻から1年半後、パレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織「ハマス」がイスラエルに越境攻撃をかけ、それに対してイスラエル軍がガザ住民に対してすさまじい軍事攻撃と経済封鎖をかけている。イスラエル軍のガザへの空爆と地上軍の侵攻により、この1年間で4万人を超えるパレスチナの人々が直接的な軍事攻撃により殺害された。
西側の二重基準にも批判
そして、今年7月の医学雑誌『ランセット』によれば、ガザに住む220万人の住民のうち20万人近くが、軍事攻撃に加え栄養不足やけが、病気など間接的な理由も含めてすでに亡くなっているという。外からの支援物資も必要量に比べてわずかしか届かず、国連は今後50万人以上のガザの住民が餓死する危険があると警告。ガザを担当する国連の人権監視の専門家は、「ガザで起きていることは虐殺だ」と明言している。
イスラエルに対し世界中から批判が集まる一方、西側諸国の二重基準にも批判の矛先が向けられている。ロシアによるウクライナ侵攻と占領については、西側諸国が徹底的に批判し経済制裁を科しているにもかかわらず、ガザやヨルダン川西岸で事実上の占領を57年以上続けているイスラエルに対しては、経済制裁はおろかいまだに軍事支援を続けている、という批判である。
分断が進む中、各地の戦争は拡大の一途をたどっている。ウクライナ軍は昨年の反転攻勢に失敗し、今年8月にはロシアに対する越境攻撃をしかけた。また、ウクライナは米国に対し、西側諸国が供与する長距離砲をロシア本土に打ち込むことを許可するよう求め続けている。もし、米国が仮に許可してロシア領内への攻撃が激増すれば、ロシア側はさらにウクライナへの空爆や軍事攻勢を強め、事態はさらにエスカレートするだろう。
一方、イスラエルもシリアにあるイラン大使館を攻撃しイラン軍の幹部を殺害したり、ハマスの政治的指導者ハニヤ氏をイランの首都テヘランで殺害したりするなどして、イランを戦争に引き込もうとしているようにみえる。イランが本格的に参戦すれば、米国がイスラエル側について参戦したり、もしくは軍事支援を拡大したりする可能性が高く、米国からのガザ停戦への圧力をかわすことができると考えている可能性がある。
イランがそうした挑発に乗らない中、今年9月17、18日にはハマスと共闘関係にあるレバノンのヒズボラ構成員が持つポケベルやトランシーバーが相次いで爆発し、イスラエルの工作によるものと指摘されている。また、9月24日にはイスラエルがレバノン各地で大規模な空爆を実施して約500人が死亡した。ヒズボラとの戦闘を拡大させてガザ停戦への圧力をかわし、二正面での戦闘を続けようとする狙いが読み取れる。
世界各地で戦闘がエスカレートする中、国際社会はいったいどうすればよいのか。私はもう一度、第二次世界大戦直後の人類の問題意識を見つめ直し、「正義を声高に訴えるより、まずは第三次世界大戦を防ぎ、平和を維持することが大事」という基本に戻るべき時と考えている。まず、戦争が終結する可能性があるのはガザだ。
まずガザ停戦の実現を
今年5月末にバイデン米大統領が「イスラエル案」として提案した3段階停戦案には、ハマス側も7月初めに合意した。第1段階では軍事活動を停止して人道支援を再開し、ハマスが拘束する人質の一部と、イスラエルが拘束するパレスチナ人の一部を解放する。第2段階で、イスラエル軍がガザから撤退し恒久的停戦に入り、ハマスはすべての人質を解放する。そして、第3段階でガザの復興を開始するというものだった。
だが、イスラエルのネタニヤフ首相がその後、「イスラエル軍駐留」をガザで維持する新提案を出したためハマスが反発し、交渉は暗礁に乗り上げている。ネタニヤフ首相は収賄罪などでイスラエル検察に起訴されており、今回の停戦とイスラエル軍撤退に合意した場合、極右政党が政権離脱して政権を失い、その後に実施される総選挙で敗北して野党になれば、逮捕されるリスクを抱えていることが影響していると指摘される。
しかし、ガザ停戦が実現すれば、ヒズボラはイスラエルへの攻撃を停止するとしている。そうなれば、06年にイスラエルとヒズボラが戦闘に入ったものの約1カ月で停戦したように、早期に停戦できる可能性も出てくる。その意味で、ガザ停戦と持続的平和に向け、日本や第三世界も含めた世界中の国々が、イスラエルに対し説得を行うことが今もっとも重要だと考える。
そのためには、①ガザの内側に停戦維持のための国連PKOなど国際的停戦監視軍を入れる。②「天井のない監獄」とされるガザの人たちの復興のために、日本がヨルダン川西岸とヨルダンの間で推し進めてきた「平和と繁栄の回廊」構想のガザ版を提案し、実施に向け周辺諸国と協議を始める──といった提案も有効だと考える。停戦が実現した暁には、2国家解決に向けた持続的対話の開始が次の課題になるだろう。
日本は、石油の95%以上を中東から輸入し、中東の安定は日本の国益にも直結する。そして、ガザ停戦とその後の平和構築は、イスラエルとヒズボラ、イラン、その他の反イスラエル武装勢力との全面戦争を防ぐ最初の一歩にもなる。
イスラエルを説得できるのは、最後は膨大な軍事支援をする米国だけかもしれない。しかし、それを後押しするためにも、日本もカタールやエジプト、ヨルダンなど周辺の中東国と連携しながら、ガザの停戦と平和構築に向けてできる限りの外交的努力をするべきだ。それが、このタガが外れてしまったような「戦争の世界」を、少しでも平和な方向に押し戻す最初の一歩になると考えている。
(東大作〈ひがし・だいさく〉上智大学グローバル教育センター教授)
週刊エコノミスト2024年10月15日・22日合併号掲載
歴史に学ぶ世界経済 国際秩序 「戦争の世界」へエスカレート 第三次世界大戦を防ぐ瀬戸際=東大作