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英フィンテックが格安手数料と社会課題解決で急成長 藤好陽太郎

 英国で金融とITを融合させたフィンテック業界が注目を集めている。世界的に同業界への投資はやや低調だが、KPMGコンサルティングによると、2024年上半期(1〜6月)の英国の業界の資金調達額は73億ドル(約1兆円)で、欧州・中東・アフリカの6割超を占めた。

 業界はロンドンの金融街シティーにほど近いリバプール・ストリート駅周辺に密集。筆者もビジネス街とおしゃれなエリアが混在する同地域を訪ね、未上場で急成長する企業の首脳らを取材した。

 フィンテックは実店舗がなく、①スマホアプリなどで簡単に操作できる、②送金などの手数料が格安である一方、銀行の場合預金金利が高い、③環境など社会課題を解決する企業が多く若者から支持されている──といった特徴がある。銀行口座を持てない世界17億人の貧困層(2017年)にもデジタルの特性を生かし、リーチしている。

 成長の背景には、金融機関の顧客データを第三者に共有する「オープンバンキング」を英政府が義務付けたこともある。

スターリング銀行

クラウドシステムを開発
 15年に英国の銀行免許を取得したスターリング銀行は国内口座が420万に上り、中小企業向け取引では約1割のシェアを獲得。23年の税引き前利益は約3億ポンド(580億円)で、2年で10倍に成長した。
 顧客は必要な商品をアプリ内に自分なりにデザインして管理できる。顧客には24時間365日、電話などで対応。英競争・市場庁が24年8月に公表した満足度調査で、個人・ビジネスともに英国の全金融機関で2位になった。
 最大の武器は銀行の重荷だった基幹システム(メインフレーム)に代わる革新的なシステムを開発したことだ。子会社のエンジンが開発したクラウドで安価なシステム「エンジン(Engine)」の導入で、顧客1人当たりのコストを8割カット。ルーマニアのソルト銀行と豪州のAMP銀行と提携し、24年4月にソルト銀行でエンジンのシステムを稼働させた。
 エンジンのサム・エヴァリントン最高経営責任者(CEO)は「ほとんどの銀行は非常に古い基幹システムから、クラウドに移行する必要がある。エンジンはこの移行を加速させており、大きなビジネスチャンスがある」と海外攻略に自信を見せる。日本の地銀でも28年からコスト削減のためクラウド化する議論があり、注目を集めそうだ。

レボリュート

評価額で英銀2位に
 従来の銀行に規模で対抗するのが、日本のソフトバンクグループも傘下のファンド経由で出資するレボリュート。4500万人もの顧客を獲得し、24年7月に英銀行免許を取得した。同年8月に一部の株式を投資家に売却し、評価額が450億ドル(約6兆円)となり、英銀2位に急浮上。市場は上場のタイミングを注視するが、時価総額は1000億ドルを超すとの声も出ている。
 レボリュートは預金や決済、外国為替、株式や仮想通貨まで幅広く扱う次世代型金融アプリが特徴で、世界で70以上のライセンスを取得。ふくおかフィナンシャルグループとも提携している。23年の税引き前利益は5億4500万ポンドで過去最高を更新した。
 日本ではビザとデビット機能付きカード(銀行機能はなし)を無料発行。難民救済などの寄付機能を付けたほか、年内に17歳以下を対象に予算管理など金融リテラシーを高める機能を設ける。
 トム・ハンブレット最高法務責任者は「銀行にアクセスできない人にもアプリならサービスを提供できる。デジタルファーストの銀行であることが『未来』だ」と語り、英銀トップを目指す姿勢を隠さない。

ワイズ

格安国際送金で急拡大
 国際送金大手ワイズは、50以上の通貨に有利な為替レートで送金できるうえ、取引全体の6割が瞬時に届く。
 24年10月16日時点で送金コストを送金額の0.59%に抑え、顧客全体で年約18億ポンド(約3400億円)のコスト削減を実現。利益も過去最高を更新している。
 世界の金融機関の平均送金コスト(24年)は6.35%と高いうえ、数日かかり、主要20カ国・地域(G20)は30年までに世界平均を3%に下げる目標を掲げる。
 また同社は25年11月にも、日本国内の銀行間送金網「全銀システム」に参画する。金融・事業拡大のグローバル責任者、ダイアナ・アヴィラ氏は「(安い手数料を武器に)世界全体の個人の送金取引に占めるワイズのシェアを現在の5%から95%に飛躍させたい」と高い目標を掲げる。

エッコのサイモン・トーラー氏(筆者撮影)
エッコのサイモン・トーラー氏(筆者撮影)

エッコ

CO₂をアプリで表示
 エッコは、商品の生産から廃棄までのCO₂排出量を示すカーボンフットプリント(炭素の足跡)を明示するアプリを作っている。購入額の平均0.5~1%を支払い、植樹などを通じて、同じ量のCO₂を吸収する。エッコは商品のCO₂排出量を調査する企業、植樹などを委託する組織、英豪独などの決済企業との提携を進めており、英国外でもアプリの利用者が増えている。
 現在のアプリは飲食の店舗や小売り店舗ごとの平均排出量の提示にとどまるが、今後商品ごとの排出量を明示し、消費行動に直接影響を与えたい考えだ。

スーパーフィ

多重債務者の支援アプリ
 スーパーフィはインフレで生活苦にあえぐ多重債務者らを救済するため、複数の銀行からの借入総額や返済期日を知らせたり、受け取れるはずの行政の給付金を知らせたりするアプリを作った。同社の対象となる層の7割が、月約8万円もの政府などの給付金を受け取る手続きを取っていないという。「オープンバンキング」を活用することでアプリを実現させたが、ローン地獄からの早期退出で注目を集めている。

 英国のフィンテック企業は約3000社に上るが、課題も多い。英国でせっかくスタートアップが育っても、英半導体設計大手アームのように上場先として米株式市場を選ぶケースが目立つのだ。

 また英国では詐欺やマネーロンダリング(資金洗浄)など金融犯罪が後を絶たない。英国の規制当局は犯罪管理が甘かったとして24年10月、スターリング銀行に約50億円の罰金を科した。レボリュートも日本の金融当局から業務改善命令を受けたことがあり、現在社員1万人のうち、4000人を金融犯罪の対策にあてている。

 英バークレイズ銀行の元取締役で資産運用コンサルタントのロブ・コリガン氏は「フィンテックのような先端企業が英国で発展するためには、年金基金などをより多く投資に向かわせ、ロンドンに上場させる必要がある。同時に金融当局と金融機関、消費者が連携して金融犯罪を防ぐことが不可欠だ」と強調する。

 英フィンテック業界は消費者保護という課題を抱えつつも、従来の金融業界を脅かす存在に急成長しており、目が離せない。

(藤好陽太郎〈ふじよし・ようたろう〉追手門学院大学教授)


週刊エコノミスト2024年11月12・19日合併号掲載

英フィンテックが欧州などで資金調達額の6割に 格安の手数料と社会課題の解決で躍進=藤好陽太郎

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