経済・企業 日産危機
カルロス・ゴーン氏本誌単独インタビュー「ホンダとは対等なパートナーにならず、日産は2流の会社になる」
日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏が20日、週刊エコノミストの単独インタビューに応じた。業績が急激に悪化している日産の経営状況について「全く驚かない。(ゴーン氏が社長に就任した)1999年より前に戻っただけ」と述べた。日産とホンダが進める経営統合に向けた協議について「(日産の)経営陣はパニック状態」「対等なパートナーシップとはならないと断言できる。日産は二流の会社になる」と語った。(聞き手=稲留正英/荒木涼子・編集部 後半にゴーン氏との一問一答を掲載)
日産の現経営陣にはビジョンもなければ、知識もない
ゴーン元会長は日産の現経営陣について「ビジョンもなければ業務効率に向けた知識もない」と批判。日産は、ゴーン氏が同社の社長CEOを退任した2017年当時の時価総額で4兆円程度あったが、直近は一時、1.2兆円台まで減少した。株価低迷について「企業価値の75%は失われたと捉えている」と語った。
日産の業績不振の原因として、ハイブリッド車(HV)の出遅れを指摘されることが多い。だが、ゴーン元会長は「HV技術ではトヨタ(自動車)やホンダが先を行く。HV技術が足りないのではなく、(電気自動車<EV>技術という)自分たちの強みを活かささず、古い経営体質の企業に戻ったからだ」と批判した。
日産は、10年に世界初の量産型EV「リーフ」を発売するなどEVで世界的に先行していた。だが、現在は低価格化を進める中国メーカーや自動運転技術にも力を入れる米テスラに水をあけられている。「(社長だった当時の)EV注力は正しい選択だった。今日の業界の勝者はEVに投資した人々だ」と振り返った。
日産はホンダやホンハイの意思に従うことになる
そのような中、日産については、ホンダとの統合協議に加え、台湾最大の企業、鴻海(ホンハイ)精密工業が日産の経営権取得に向けて出資しようとする動きがあったとされる。ゴーン元会長は「ホンダであれホンハイであれ、日産の経営権を握ることになった者は、日産のためにするわけではない。株主への説明責任もあり、慈善事業ではない。(日産の経営力からすれば)誰かの意思に従うことになるだろう」と述べた。
会社法違反(特別背任)などで起訴されたゴーン氏が19年12月、保釈中に中東レバノンに逃亡してから今月29日で5年が経つ。今回の取材は、生活する首都ベイルートからオンラインで応じた。
自身の経験を元に、被疑者や被告人を長期間、身柄拘束し自白を強要する日本の「人質司法」について「民主主義の国では信じられないことで、ビジネス界をはじめ、世界からの評価を下げた」と指摘。また、9月に再審で無罪判決となり、後に確定した袴田巌さんの事件を挙げ、「彼は不当な扱いのせいで、正気を失った。彼の姉は何年もの間、戦い続け、本当に尊敬している」「日本の司法制度は未発達。日本にいる誰もが犠牲になる可能性があるのに、なぜこの制度を容認し続けられるのか」と疑問を投げかけた。
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ゴーン氏との主なやり取りは以下の通り。
―― 日産の経営危機について、原因は何と捉えているか。
■私にとって驚きはなかった。2020年1月に私が(日本外国特派員協会で)行った記者会見で、私は二つのことを予測したと伝えた。一つ目が仏ルノーとのアライアンス(提携)がゾンビのように死んでいくだろうということ。二つ目が、私がいなくなったことで、多くの才能も去って行くだろうということ。結果は現状を見れば分かるだろう。今私たちは、ビジョンもなければ業務効率について何も知識が無い経営陣を目の当たりにしている。
ホンダとの経営統合はうまくいかない
―― 日産とホンダが統合を検討している。
■ホンダには独自の伝統がある。エンジニアリング主導の会社でもある。私もエンジニアたちとは、日産、ルノー、三菱(自動車)との調整で長い経験を積んできたが、別々の組織のエンジニアを一緒に働かせるのは非常に困難を伴う。統合がうまくいくとは思えない。経営力からして、ホンダの完全な支配になると思う。日産の経営陣は、日産のような大企業に求められるレベルに達していない。その結果、被害者は、株主であり、解雇される従業員であり、工場が閉鎖される予定の地域だ。
―― 日産の株価も低迷している。
■日産の時価総額について、私が18年に日産を去った(17年4月に日産社長CEOを退任、後任に西川廣人氏就任)後、75%が失われたと私は捉えている。
15人のキーパーソンのうち半数が日産を去った
―― 電気自動車(EV)の売り上げが落ち込み、中国や北米で苦境に立たされている。
■自動車業界は厳しい業界だ。才能、経験、市場に対する知識、競争方法を考える力を持つ人材が必要だ。日産も三菱も、私だけが働いていたわけではない。私の周りだけでも少なくとも15人のキーパーソンがおり、うち半数は去った。今回、韓国ヒョンデグループのCEOに就任したホセ・ムニョス氏(元日産チーフ・パフォーマンス・オフィサー)はその典型だ。代わりに、非常に古い考えの人たちが経営に加わり、日産は1999年より前の状態に戻った。ビジョンも規律も才能もない。長期的かつ戦略的に考える企業と、短期的な解決策を必死に求める企業がある場合、日産は後者だ。よって、ホンダにしろホンハイにしろ、バランスの取れたパートナーシップにはならないだろう。
EVを選んだのは正しい選択だった
―― 日産の販売不振については、ハイブリッド(HV)技術の出遅れを指摘されている。
■それは間違いだ。私たちは電気自動車(EV)を選択したはずだった。ご存じの通り、(リーフを世界に先駆けて量産化するなど)革命の先頭に立っていた。興味深いことに、私がリーフを発売した後、その挑戦に取り組んだのが、米テスラのイーロン・マスク氏だけだ。それで今、テスラがどこにいるか見てほしい。(時価総額で)日産の数十倍はあるだろう。中国も見てほしい。EVを選んだのは正しい、先見の明のある選択で、業界にとっても革命的な選択だった。テスラや中国メーカーを見れば明らかだ。
それなのに現経営陣は、HVを作る必要があると言い、EVへの投資を減らした。非常に保守的な経営陣はトヨタ自動車と同じことがしたい。ホンダとも。だがHVの地位はすでに両者に奪われている。優位に立つには違うことをする必要がある。残念ながら、彼らは私が10年に作り出したこの機会を逃した。今、業界を支配しているのはテスラや中国メーカーだ。
――25年、日産はどうなるか。破産や他社への吸収合併はあるか。
ルノーとの統合回避へ私は仏政府と戦ってきた
■正直に言って私は推測はできない。ただし彼らがパニック状態にあり、経営難に陥っていることは確かだ。ホンダであれホンハイであれ、日産の経営権を握ることになった人が、日産のためにするわけではない。株主への説明責任もあり、慈善事業ではない。(日産の経営力からすれば)誰かの意思に従うことになるだろう。対等なパートナーシップとはならないと断言できる。日産は二流の会社になるだろう。
―― あなたは、本来、ルノーとの統合を巡っては、統合を避けるべくやってきたと主張している。
■私は18年間、統合を避けようとしてきた。日産の独立と自治を守るべくフランス政府と戦ってきた。ある意味、私が窮地に立たされたとき、仏政府は私を助けなかった。07~18年には、日産は成長し、利益を上げ、トップレベルにいた。それが1999年以前に戻り、とても残念だ。
日本の司法制度は非常に残酷で不公平
―― レバノンで暮らすようになって5年たつ。日本の司法制度についてどう思うか。
■私はやってもない罪を自白するよう迫られた。家族を挙げられ脅迫された。非常に残酷で不公平な制度だと思う。有名な袴田巌さんの人生は、それらに襲われたのだ。検察は証拠を持ち、彼が犯罪者ではないという証拠をなかなか出さなかった。民主主義の国では信じられないことだ。袴田さんは、自分が受けた不当な扱いのせいで正気を失ったのだと私は思っている。そしてなにより彼の姉の勇気はすばらしい。何年もの間、戦い、勝利した彼の姉を、私は尊敬している。
―― あなたにとって、他に選択肢がなかったからレバノンへの逃亡を選んだのか。
■検察は残酷だった、妻と話すことを禁じ、息子達が日本に私を訪ねることを禁じた。率直に言って、私が愛する日本ではない。非常に未発達な司法で、多くの面で日本は最先端にいるのに、司法制度で何が起きているのかを見ると全く信じられない。日本にいる誰もが犠牲になる可能性があるのに、なぜ日本社会は制度を容認し続けられるのか。
―― 事件は世界のビジネス界にも衝撃を与えた。
日本は世界のビジネス界から評価を下げた
■日本の評判を大きく傷つけた。民主主義の国では信じられないことで、ビジネス界をはじめ、世界からの評価を下げた。99年当時に日本の司法制度を知っていたら、私は仕事を引き受けなかっただろう。私がレバノンに逃れたとき、日本の法相(森雅子氏、当時)は「ゴーン氏は日本に戻って自ら無実を証明する必要がある」と言い放ったが、(被告人は自らの無実を証明する必要がないという「推定無罪」の原則に反し)国際的に抗議の声が上がったことは、多くの人が覚えていると思う。