週刊エコノミスト Online地域と歩む第90回都市対抗野球

景気の荒波乗り越えてきた企業チームの興亡と共生=市川明代

2018年、初優勝で監督を胴上げする大阪ガス
2018年、初優勝で監督を胴上げする大阪ガス
1984年、初の全国制覇を果たした日産自動車
1984年、初の全国制覇を果たした日産自動車

 <地域と歩む>

 6月20日、埼玉県狭山市の市庁舎に、都市対抗野球の出場を祝う2枚の横断幕が掲げられた。1枚は市代表の「ホンダ」、もう1枚は市内に工場を置く東京都代表の「鷺宮製作所」。小谷野剛市長は「どちらも市にとって、重要なパートナーだ」と強調する。スケジュールの許す限り、両チームの応援に駆けつけるという。

 狭山市は、1964年にホンダが国内の基幹工場である埼玉製作所(狭山工場)を開設して以来、企業城下町として発展してきた。同社硬式野球部と陸上競技部の拠点でもあり、市内にはホンダの従業員はもちろん、OBも数多く住んでいる。市庁舎に並ぶ公用車のほとんどが、ホンダ車だ。

 その市庁舎をホンダの本社幹部が訪れたのは、2017年10月。「21年度をめどに、狭山工場での完成車の生産を寄居工場(同県寄居町)に移管したい」。地元では何年も前から、覚悟ができていた。「いよいよ来るときが来た、というのが実感だった」と市の担当者は振り返る。

 市はリーマン・ショック後の09年にホンダの業績悪化を受け、財政調整基金を取り崩して法人事業税を還付した経緯がある。その後も税制改正などの影響で、税収は以前の水準に戻っていない。今後の工場移転に伴う減収分は、75%が特別交付税で補填(ほてん)されるため、市民生活に支障を来すほどの深刻さはないと市はみている。

 懸念されるのは、野球部員を含む約4600人の従業員が利用してきた地元飲食店や小売店などへの影響だ。小谷野市長は「何らかの形で工場跡地を活用し、二つの運動部の拠点も残してほしい」と期待を込める。

1974年、優勝パレードをする大昭和製紙北海道
1974年、優勝パレードをする大昭和製紙北海道
1989年、プリンスホテル優勝に沸く観客席
1989年、プリンスホテル優勝に沸く観客席

都市とともに発展

 都市対抗野球は、毎日新聞の前身である東京日日新聞の記者、橋戸信氏(筆名・頑鉄(がんてつ))が「都市の代表を競わせる大会を開いては」と発案して1927(昭和2)年に始まった。高度経済成長期には、重厚長大型の大企業のチームが、企業城下町で地域と一体となって大会を盛り上げてきた。

 今回、編集部が出場36チームを対象に実施したアンケートによると、創業地または本社所在都市を代表しているのが22チーム(うち2チームは別の都市に本社移転)で、工場を置いているのが11チーム(表)。また、過去90年の歴史を振り返ると、優勝チームがその時々の産業構造を映し出していることも分かる(44ページ図)。

 だが、経済が停滞し始めると状況は一変する。90年代前半のバブル崩壊やリーマン・ショック後、企業チームの休部や廃部が相次ぎ、熊谷組やいすゞ自動車、神戸製鋼など名だたる古豪チームが姿を消した。63年のピーク時に237あった企業チームは、11年には83にまで減少。その間、クラブチームが数を増やしてきた。

1937年、優勝旗を受け取る八幡製鉄
1937年、優勝旗を受け取る八幡製鉄
(出所)アンケートを基に編集部作成
(出所)アンケートを基に編集部作成

勝つことを求められ

「野球部をやるのに、なんぼ要るか分かりますか。1年で(人件費も入れると)1億も2億もかかるんですよ」。今大会初出場のシティライト岡山(岡山市)を07年に創設した中古車販売業「シティライト」の丸山明社長(70)は、当時、銀行から心配されたという。

 日本野球連盟が関東地区の企業チームを対象に実施した調査では、年間予算(人件費、球場管理費を含まない)の平均は5000万円、最高額は1億2000万円だった。クラブチームの多くが100万円程度で運営していることを考えると、企業チームを維持するには十分な体力が必要だ。

「景気が良かった頃以上に、勝つことを求められていると実感する」と打ち明けるのは、ホンダの岡野勝俊監督だ。日産が野球部の休部を発表した09年には、ホンダの内部でも狭山市と三重県鈴鹿市、熊本県大津町の三つのチームが一つに統合されるのではないかといううわさが流れた。

 ホンダはこの年、優勝を果たした。当時、主将を務めていた岡野監督は「身が引き締まる思いだった」と振り返る。あれから10年。「会社に対しては、野球をさせてもらっているという感謝の気持ちを忘れてはいけない」という。

狭山市の子供たちに野球を指導するホンダの選手たち
狭山市の子供たちに野球を指導するホンダの選手たち

地域貢献、人材育成

 企業チームの存在意義とは何か。「広報宣伝活動の一環」としか答えられなければ、社内の理解や株主の納得は得られず、経営環境が悪化すれば真っ先に打ち切りの対象とされてしまうだろう。かつて、それぞれの地元に潤沢な税収や雇用をもたらした企業はいま、地域・社会貢献をチームの役割と位置づけ、少年野球教室や児童へのティーボール教室、イベントの主催などさまざまな活動を行っている。いまも自治体がチームを応援し続けるのは、選手たちとの強い結びつきがあるからだ。

 今回、初出場を果たしたシティライト岡山と宮崎梅田学園(宮崎市)の躍進は、今後の企業チームのあり方を考えるうえでのヒントになるかもしれない。両チームは大企業チームのような専用グラウンドを持たず、市営球場を借りるなど地元に支えられながら力を付けてきた。

 また、学校卒業後も地域に残って野球を続けたいと考える若者たちの受け皿を作っている。丸山社長は「選手たちは礼儀正しく、客にも好かれる。本業でも貴重な戦力だ。たとえ景気が悪くなっても、野球部は残したい」と力説する。

 58年に野球部を創部した鷺宮製作所では、いまも毎年、新入社員に対し、会社が野球チームを持つ意味について説明する。会社の応援団を率いる今野智全・総務統括本部長は言う。「ものづくりはチームワーク。野球の応援は、社員が一致団結するにはもってこいの場」。これまでもこれからも、野球チームは社にとって欠かせない存在だと強調する。

 終身雇用の崩壊、グローバル競争の激化など、企業は都市対抗野球の全盛期には想像もできなかった難しい課題に直面している。それぞれが企業チームの存在意義を明確にし、高めていけるかどうかが問われている。

(市川明代・編集部)

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