小説 高橋是清 第52話 西部支店長=板谷敏彦
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鉱山開発事業の失敗で無職となった是清は日銀総裁川田小一郎に拾われ、日銀本店工事の事務方に就任。工期の遅れや高騰する費用の問題を解決し、銀行支店長に昇進した。
明治26(1893)年9月1日、是清に西部(さいぶ)支店支店長の辞令が出た。是清はもうすぐ40歳である。
当時の日銀は本店以外では大阪支店しかなく、西部支店は2番目の支店であり、主に九州地区と山口県をカバーする。
支店用の地所は既に門司に買い求めていたが、周辺にはいまだ九州鉄道本社ぐらいしかなく、川田小一郎総裁は支店進出には時期尚早と判断して、当面の3年間は関門海峡を挟んだ対岸の馬関(現在の下関)に置くこととした。馬関は北海道、本州日本海側と大阪をつないだ北前船の重要な中継点であり、九州への玄関口でもある殷賑(いんしん)の商都である。
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週刊エコノミスト
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