週刊エコノミスト Online世界景気の終わり

ルポ 中国の新農村で見た! 国家的経済統制のハードル=高口康太

歴史ある長屋の近くに建てられた農民用の高層マンション(山東省威海市栄成市)(筆者撮影)
歴史ある長屋の近くに建てられた農民用の高層マンション(山東省威海市栄成市)(筆者撮影)

 中国経済の成長率鈍化が注目を集めている。第2四半期の成長率は6・2%と1992年以来の低水準となった。果たして中国の景気は落ち込んでいるのか? 日本では成長率ばかりが取り沙汰されるが、問題はそこにはない。中国政府が苦悩するのは成長率の維持と健全な成長のバランスだ。地方都市からその最前線を追った。

 山東省威海市栄成市。山東半島の東端に位置する県級市だ。北京市から高速鉄道で7時間以上かかる田舎町だが、海一つ隔てた隣は韓国という立地もあり、サムスンなど韓国企業が工場を構えるなど、外国企業の投資で潤う。

 美しいビーチなど観光資源にも恵まれ、「2018年全国総合実力百強県」で17位にランクインするなど豊かな街として知られる。経済力はあっても北京や上海などの大都市とは異なり、公園や緑地帯が多く、ゆったりとした空間が広がっている。常に吹き続ける海風によって汚染物質が立ち込めることもなく、空気もきれいだ。環境が良い場所で老後を過ごしたいと、定年後に移住してくる人までいるという。

最新鋭の農民マンション

 その中で異様な姿を見せるのが建設中の高層マンションだ。畑や古い住宅街の真ん中に、17階建ての高層マンションが建てられている。それも一つや二つではない。車で市内を移動すると、あちらこちらにそうした高層マンションの姿を見た。

 このマンションは農民用に造られたものだ。現地の中国人ガイドによると、それぞれのマンションには対応する村が決まっており、農民たちは元の家とマンションを交換する形で入居する。

中国の新農村マンションの駐車場には充電器も完備(筆者撮影)
中国の新農村マンションの駐車場には充電器も完備(筆者撮影)

 引き渡しが始まったばかりという農民マンションを訪問した。敷地入り口には画像認証カメラがあり、車のナンバープレートを読み取ってゲートが開閉される。マンションには全戸に対応するだけの駐車場があり、こちらも無償で提供されるという。また、電気自動車(EV)用の充電ステーションなどの設備も充実している。

 移転前の住居も訪ねた。長屋のような造りで、隣人の生活はすべて丸見えだ。通行路は舗装もされず土がむき出しのまま。いたるところにひびが入っているなど廃虚と見まごう状況だった。壁には「拆」の文字が赤で大書されている。取り壊し決定を示す言葉だ。

 他地域では都市改造による移転で条件のいい住宅を希望すると追加費用を求められることが多いが、栄成市では現住所の近くのマンションに追加費用なしで住めるという。基本的に現在の家と同面積のマンションが割り当てられる。それでも移転後のマンションには庭がないと反発する住民もいるという。古い住宅では庭に農機具を置いたり、ニワトリを飼ったりと活用されていた。

 はるか遠隔地に移動させられることなく、現住所の近場で最新の高層マンションが与えられる。これはなにも政府がただ「恩恵」を与えているわけではない。そこには中国特有の事情がある。

 乱開発で農地が消滅すれば食糧安全保障にかかわる。そこで中国政府は06年から18億ムー(1億2000万ヘクタール)の耕地レッドラインを制定し、農地の転用を厳しく規制している。

 市街地近隣の農地を宅地や商用地に転用するためには、別の場所に新たな耕地を確保することが義務づけられている。そこで進展しているのが新農村建設だ。

 農村住民を集合住宅に移住させ、元々の宅地を農地に転用することで、高い地価が見込める市街地近隣の開発許可が得られるという仕組みになっている。最新鋭設備をそろえた高層マンションの建設費は決して安くはないはずだが、それでもお釣りがくるとのソロバン勘定があるわけだ。

 ここで冒頭の問いに戻ろう。

 今、中国の景気はどうなっているのだろうか? 街中を歩いていても景気の落ち込みはまったく感じられない。小さな商店であっても輸入食品などが売られているなど、商品はどんどん品質が良くなっている。中国電子商取引(EC)大手アリババグループが今年、日本企業にアピールするのが零售通(LST)というサービスだ。

 中国全土130万店舗の中小雑貨店向けの卸売りプラットフォームだ。地方の「パパママショップ」と呼ばれる零細小売店にまで、日本のお菓子や日用品などの海外製品ニーズが生まれているという。今までよりも良い物を買う、良い食事をする、良いサービスを受けるという「消費昇級」(消費アップグレード)の波はいまだに衰えていない印象だ。

 体感だけではない。小売りの売り上げを示す統計である社会消費品小売総額は今年上半期に前年同期比8・4%と経済成長率を上回る高成長を示している。EC小売販売額に限っては21・6%という爆発的な伸びだ。住民に話を聞くと「景気は良くない」との答えが多いが、いつからかと聞くと「ずっと悪い」との答えが返ってくる。ここ1年で急減速したとの実感はないようだ。不動産価格も「もはや庶民が買える金額を超えた、限界だ」と10年以上も言われ続けているが、堅調に上昇を続けている。

お上を出し抜く地方政府

 もっとも、こうした繁栄と中国のリスクは別物だ。思えば日本もバブル経済崩壊後に庶民が経済低迷を“体感”するまでには7~8年の時間差があった。中国は減速したとはいえ成長が続いている以上、経済減速が体感されなくとも不思議ではない。むしろ、課題は危機の予兆がありつつも、大国の足取りが変わらないところにある点だろうか。

 習近平政権の経済課題は「2020年のGDPを2010年比で倍増させる」という成長戦略と、「生産能力過剰、不動産在庫及び企業債務の縮小」という不安定要因の解消の両にらみである。

 経済成長を維持するだけならば金融、財政のアクセルを踏む余力は十分にあるが、不用意な政策転換は過剰投資を促進させるリスクもある。昨年来、中国政府の景気対策はインフラ建設や金融緩和よりも減税を主軸としてきたことは配慮のあらわれだ。

 注意すべきは、中央政府と地方政府の意思が必ずしも一致していない点にある。成長と健全さのバランスで苦慮する中央政府を尻目に、地方は成長のチャンスを虎視眈々(たんたん)と狙っている。中国には「上に政策あらば下に対策あり」との言葉がある。新たな規制が出てもしたたかに裏をかこうとする庶民の強さを示すものだが、地方政府もまた上(中央政府)を出し抜こうとするプレーヤーの一つ。

 田舎町に林立する高層ビルの姿は、巨大国家・中国の経済統制の難しさを示している。

(高口康太・ジャーナリスト)

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