10年ぶり利下げ 世界景気の終わり “利下げ頼り”の株価 上昇しても1年先は闇=岡田英/白鳥達哉
世界経済の先行き不透明感から、主要国の金融政策は緩和競争の様相を呈してきた。
米連邦準備制度理事会(FRB)は7月30、31日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米政策金利の0・25%引き下げを決定。金融危機直後の2008年12月以来、約10年半ぶりの利下げで、緩和方向に大きくかじを切った。
「私の妻は看護学の教授だが、後で病気にかかるより、予防接種をしておくべきと言う。金融政策も同じだ」。決定に先立つ7月18日、FOMCの副議長を務めるニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁は講演で家族の話を引き合いに出し、「予防的利下げ」の必要性を強く訴えた。「低インフレ病の悪化を予防するワクチンを経済に投与すべきだ」とまで踏み込み、ニューヨーク連銀事務局が火消しに追われたほどだった。
世界景気をけん引する米国の景気拡大は7月に史上最長の11年目に突入したばかり。失業率は約50年ぶりの低水準でほぼ完全雇用の状態にある。だが、賃金は伸びなやみ、個人消費支出(PCE)物価指数の上昇率はFRBが目標とする2%に届かない。設備投資にも陰りが見え、米景気の減速感は否めない。
株は10カ月で25%上がる
では果たして利下げで、景気は上向くのか。米国の過去30年の利下げの歴史をひもとくと、景気後退を回避した予防的利下げは、1995年と98年の2回ある(図1)。いずれもグリーンスパン議長の時代だ。
1回目の95年7月は、FRBが短期間での大幅な利上げを調整し株価が上昇。2回目の98年9月は、ロシア経済危機を受けて米大型ヘッジファンドが破綻し、日米欧の株価が急落する中で0・25%の小幅利下げを重ねて株価を大きく戻し、グリーンスパン議長の名声を高めた。
スイス金融大手UBSの分析では、予防的利下げ時の株価の推移(84年、95年、98年の平均値)を見ると、利下げ決定後から伸び続け、約10カ月後にはピークの25%増近くまで上昇。これに対し、景気後退を伴った利下げ(89年、2001年、07年の平均値)では最初の約1カ月間は上昇するものの、40~60日(2カ月)後には低迷した(図2)。青木大樹・UBSウェルス・マネジメント日本地域最高投資責任者は「今回の利下げが本当に『予防的』なのか、あるいは景気後退を伴うのかは今後約2カ月の株価の推移で判断できる」と話す。
ただ、株価は「緩和相場」で沸いても、米中関税の影響や減税効果が薄れていくことで、成長失速は止まらないとの見方は根強い。弊誌が国内外の主要調査・金融機関34社を対象に行ったアンケートでも、来年3月末にかけて「利下げや株価高騰は好材料だが一時的。高い成長は持続可能ではない」(アジア太平洋研究所)、「景気後退は2020年中には陥らないと見ているが、徐々に確率は上昇してきている」(JPモルガン証券)と見る向きが目立つ。
狭まる政策余地
市場は年内の追加利下げを織り込む。低金利は、投資マネーを信用力の低い企業に向かわせ「ゾンビ企業」を増やし、債務を膨らませるリスクをはらむ。株価が過熱していく一方、債務バブルが膨らめばいずれ崩壊する。UBSの青木氏は「米景気は1年は持つだろうが、大統領選後あたりから上がり過ぎた株価の反動が出かねない」と警鐘を鳴らす。
しかし、危機が訪れても取れる手は限られる。図1で示したように、FRBは過去の景気悪化局面で、5~6%もの政策金利引き下げで対応してきたが、現在は2%ほどしかない。米連邦政府の債務は過去最大に膨らんでおり、財政政策にも限界がある。
マーケット・アナリストの豊島逸夫氏は「残るは構造改革による労働生産性向上だが、何年もかかる。対応できる金融政策、財政政策がほぼ出尽くしてしまっているのが、米国経済の最大の脆弱(ぜいじゃく)性だ」と指摘する。
欧州中央銀行(ECB)も9月に利下げが確実視され、日銀も追加緩和を辞さない構えだ。金融政策に依存した「マーケットの宴(うたげ)」はいつか終わる。そのとき、訪れる危機を乗り切るには難しいかじ取りが強いられそうだ。
(岡田英・編集部)(白鳥達哉・編集部)