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週刊エコノミスト Online 消費増税直前三つのナゾ

駆け込み需要はなぜ起きない? 住宅・自動車は対策奏功 生活関連品は相対的に手薄=星野卓也

増税前の購入を喚起するチラシも目立つ
増税前の購入を喚起するチラシも目立つ
(出所)内閣府「国民経済計算」より第一生命経済研究所作成
(出所)内閣府「国民経済計算」より第一生命経済研究所作成

 消費税率の8%から10%への引き上げまで残り1カ月を切った。これまで、日本における消費税導入(1989年4月)と2度の引き上げ(97年4月、2014年4月)の際には、いずれも大きな駆け込み需要が生じていた(図1)。駆け込み需要は、家計が負担を回避するために本来増税後にあったはずの需要が増税前に先食いされる現象だ。このため、増税後には駆け込み需要の「反動減」が生じることになり、消費税率引き上げ後の景気悪化を招いてきた。特集:消費増税直前三つのナゾ

(注)データは四半期、季節調整値・年率換算。濃い青の部分は増税直前1年間 (出所)国土交通省「住宅着工統計」より第一生命経済研究所作成
(注)データは四半期、季節調整値・年率換算。濃い青の部分は増税直前1年間 (出所)国土交通省「住宅着工統計」より第一生命経済研究所作成

 しかし、今回の駆け込み需要は目立った動きになっていない。過去、住宅購入は(1)高額であり消費税負担額が大きい、(2)契約から受け渡しまで時間がかかる──ことから、増税前の早い段階で駆け込み需要が表れた。住宅着工戸数の動向を確認すると、18年10月~19年6月の9カ月間の着工戸数の増加率は0・1%にとどまっており、前回増税時の同時期、13年4~12月の増加率が12・7%と1割以上の伸びとなったことと対照的だ(図2)。

(注)データは月次、季節調整値・年率換算。季節調整は第一生命研究所。濃い青の部分は増税直前1年間 (出所)日本自動車販売協会連合会資料より第一生命経済研究所作成
(注)データは月次、季節調整値・年率換算。季節調整は第一生命研究所。濃い青の部分は増税直前1年間 (出所)日本自動車販売協会連合会資料より第一生命経済研究所作成

 自動車販売も同様で、18年10月~19年7月の販売台数は前年同期比1・5%増となっている。前回増税時同時期の13年4月~14年1月の10カ月間は6・5%増だ。こちらも駆け込み需要が膨らんでいる様子はない(図3)。

「増税後がお得」政策

 なぜ、今回は駆け込み需要が起こっていないのか。ここには、政府が駆け込み需要と反動減を抑止するために打ち出した一連の政策がある。政府は昨年末に決定した19年度税制改正において、消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要を抑止するために、住宅・自動車購入に関する減税策を打ち出した。

 住宅については、消費税率引き上げ後にローン減税期間を10年から13年に延長する措置を設けた。追加される3年間で減税される上限額は「建物価格×2%」まで。消費税率引き上げによる負担分を還元するような枠組みとなっている。このほか、消費税率引き上げ後には、低中所得者の住宅購入の際に支給される「すまい給付金」の拡充、環境性能などを満たした場合の「次世代住宅ポイント」も実施される。自動車についても、取得の際の課税や保有に毎年課される税金について、消費税率引き上げ後に購入した場合に軽減される制度が設けられた。

 これらの政策によって、「かえって増税後に買った方がお得になる人」が相当数生じ、駆け込み需要を抑止したと考えられる。駆け込み需要が抑えられたことで、増税後の反動減も緩和されることになるとみられ、将来の消費にとってはプラスだ。

実質所得減の影響も

 しかし、「これまでのところ」駆け込み需要が抑制されているからといって、手放しで喜べる話ではないことも事実だ。というのは、現時点で駆け込み需要の動向を確認できるのは、早い段階で駆け込みの生じる傾向のある住宅や自動車販売ぐらいである。家電や生活関連品など、それ以外の多くの財・サービスについては、増税直前月に駆け込みが発生する。

 今回の増税で言えば、この9月だ。住宅と自動車の駆け込み需要が抑えられたからといって、同様にそれ以外の財・サービスにも駆け込みが起こらない、と決まったわけではない。住宅や自動車には特段大きな対策が講じられており、それ以外の財やサービスの反動減対策は相対的に手薄である。

 また、駆け込み需要が抑えられたとしても、消費税率引き上げの景気への悪影響がなくなるわけではない。消費増税によって消費に生じる影響は(1)代替効果、(2)所得効果──の二つに大別される。(1)は駆け込み需要と反動減を指し、「増税前の安いうちに買っておこう」という動機から需要の前倒しが生じる効果だ。増税後には先食い分と同規模の消費低迷が生じ、景気を冷やす。

 より重要なのはもう一つの所得効果だ。税負担が増えることで消費が減る効果であり、これは駆け込み需要がゼロでも生じる。消費税率の引き上げによって財・サービスの価格が上がれば、賃金上昇を伴わない限り家計の購買力は同率下がることになる。代替効果が抑えられたからと言って、消費増税の影響をすべて抑えられるわけではない。

景気不透明感も懸案

(出所)内閣府より第一生命経済研究所作成
(出所)内閣府より第一生命経済研究所作成

 そして何より、消費税率引き上げを前にして、景気の先行き不透明感は非常に強くなってきている。まず、家計のマインド指標は軒並み悪化している(図4)。消費者態度指数や景気ウオッチャー調査の家計DIはともに落ち込んでいる。昨年度の企業業績の悪化から今年のボーナスは減少となる見込みで、家計を取り巻く環境は芳しくない。

 外部環境は一層悪い。海外経済の減速に加えて米中の保護主義政策による貿易量の減少を受け、日本の輸出はすでに弱含んでいる。金融市場では、夏場に米中摩擦のさらなる激化を見越して不安定な状態が続いた。

 日本経済は海外・国内双方に景気の下方リスクを抱えた非常に不安定な状況にあるといえる。海外中銀は金融緩和にかじを切っているほか、ドイツなどでは財政拡張にシフトする議論も強まっている。こうした中での消費増税は、経済状況との兼ね合いでいえば悪いタイミングとなってしまった点は否めない。政府は不測の事態に備えて、柔軟に経済対策を打ち出せる体制を整えておくことが求められている。

(星野卓也・第一生命経済研究所副主任エコノミスト)

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