金利水没マップ 際限なき利下げ競争 世界が「水没の危機」=高田創
金融市場ではマイナス金利、「金利水没」が広がり、世界全体の「金利水没」不安がある。今年7月に米国が利下げに転じ、9月にも追加利下げ観測が高まっている。米国の10年金利は昨年10月に3・2%台を付けたあと、1年もたたないうちに半分以下まで低下した。
欧州中央銀行(ECB)も9月に利下げに転じ、日本銀行もさらなるマイナス金利の深掘りの可能性もある。米国利下げを機に世界の主要国の金利がなくなる不安が浮上している。
筆者は5年前から「世界の金利の水没マップ(図1は8月29日時点)」を紹介している。横軸は国債の年限を示し、縦軸は国名だ。最も水没したスイスは40年までマイナス金利(水没)で、ドイツを含め現存する国債市場の大半が水没である。
「浮き輪」目指す運用難民
筆者が「水没マップ」を使ったきっかけは、2014年6月にECBが政策金利である預金ファシリティー金利をマイナス0・1%に引き下げ、事実上マイナス金利政策を開始したことにあった。10年代初に欧州債務危機が起き、財政赤字を縮小すべく各国が極端な緊縮財政を行うことでさらなる内需減退が生じ、外需に依存すべく自国通貨引き下げ策がマイナス金利政策につながった。周辺のスイスや北欧諸国も自国通貨上昇を抑制しようと、マイナス金利政策に踏みだし、欧州大陸全域にマイナス金利が波及した。
第2ステージは16年、15年後半以降の中国発の世界経済減速が転機となった。15年12月に米国は利上げに転じたものの、その後、世界経済減速で米国の長期金利が急低下し、日米金利差縮小によって急な円高が進んだ。12年末以降のアベノミクスの好循環が崩れる不安を危惧し、日銀は16年1月にマイナス金利政策を決断、翌日物コール金利を0・1%引き下げマイナス0・1%とした。日本の対応も自国通貨安政策、円安誘導が主因だった。
第2ステージまで、日欧の水没の中、米国は水面上にあり、米国は「浮き輪」のように世界全体の水没を防ぐ防波堤だった。米国の政策金利フェデラルファンド(FF)レートの9回の引き上げは「浮き輪」を上げる役目を果たした。日欧マイナス金利下、自国で利回りが確保できない中、日欧の運用者が「運用難民」として米国の「浮き輪」に殺到し、長短金利差逆転、ベーシススワップ(異なる変動金利同士を一定の期間にわたって交換するスワップ取引)上昇に伴う米ドル調達金利上昇となった。
図2は1年前、第2ステージであった昨年の世界の金利の水没マップだが、現在の図1と比べ水没範囲は限られたものだった。
第3ステージは19年の米国の利下げ、「浮き輪」であった米国が、利下げで沈む転換だ。19年7月の利下げの背景には米国の物価上昇率が目標の2%水準に達していないことがあった。米国が物価目標の2%水準に固執し利下げを続け、加えてトランプ大統領が利下げ圧力を加えれば、米国も15年から9回の利上げを行ったことで確保した「9発の弾」を使い果たしてしまう。
さらに、通貨戦争の中、既に沈んだ欧州や日本はマイナス金利の深掘りを検討し、世界全体が水没する、水没競争に歯止めが利かなくなる不安がある。
「水没マップ」では図2のように昨年までは日本は常にトップか、その次だった。いまやECBの利下げ観測下、欧州の水没地域拡大が急速に進み、図1では日本は上から9番目に後退、世界の国債市場でマイナス金利(水没)は実に25・1%を占める。
負け組は資産運用業と家計
超低金利による勝ち組は、大量に負債を持つ政府と企業。負け組は銀行や保険・年金の金融機関と家計である。超低金利策は金融機関・家計に対する隠れた税金を課す効果を及ぼし、企業に補助金を支出する構造にある。
その結果、日欧中心に金融機関の収支が低下し、保険・年金などの資産運用業にもマイナスの影響が生じ「冬の時代」を迎え始めた。家計の収入も圧迫され、じり貧になり、個人消費に影響が及ぶ。昨今、現代金融理論(MMT)の議論が生じるのは、最大の受益者である政府が家計も含め国民に一定の資金を使うべきとの見方でもある。一定の財政規律を維持しつつも財政を活用し、家計などに再配分を行うことも必要になる。
世界金利水没の悪循環を断ち切るには、各国が協調して水没ゲームをやめることも必要だ。1970年代の変動相場制移行以来、主要7カ国(G7)を中心に各国の協調した金融財政政策が行われてきた。
しかし、現実にはG7の分断が生じ協調しにくい。いまや通貨戦争が行きつくところまで行かないと終わらないゲームのような状況にある。世界金融史上、未曽有の金利水没に伴う副作用に世界は当分の期間、耐える必要がある。
(高田創・みずほ総合研究所副理事長)