消去法の“ドル・円2強” 米利下げでも高止まり=岡田英/吉脇丈志
「通貨戦争の恐れを引き起こしている」
国際通貨基金(IMF)は8月21日のブログで、世界各国で利下げが相次ぎ、通貨安競争が広がる現状を憂慮した。「自国通貨安を誘導しても貿易収支の改善は限定的。国際金融システムを害し、各国に悪影響が出る」と警鐘を鳴らす。
景気後退懸念が強まる中、世界的に緩和競争は激しさを増している。米連邦準備制度理事会(FRB)は7月末、世界経済の成長鈍化や米中貿易摩擦による先行き不透明感、低インフレへの「保険的」対応として、10年半ぶりに利下げを実施。翌8月にはインド、タイ、フィリピン、ニュージーランドなどが追随した。市場は9月12日の欧州中央銀行(ECB)理事会、同17、18日の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げも織り込みが進む。
米中貿易摩擦は8月に新たなフェーズに入った。トランプ米大統領が第4弾の対中追加関税を打ち出すと、中国は1ドル=7元台の人民元安を容認。追加関税の効果相殺を狙った報復措置と捉えた米国は、中国を「為替操作国」に認定、対ドルで加速する人民元安の阻止に向かい、貿易摩擦は通貨戦争へと発展した。
避けられたユーロ
こうした動きは対中国にとどまらない。ドルの高止まりにいらつくトランプ氏の怒りの矛先はユーロにも向かう。緩和色を強めるECBに「ユーロを下落させ、米国との競争を不当に簡単にしている」などと“口撃”してきた。
ドル高を嫌うトランプ氏が怒り心頭なのも無理もない。米国は利下げしたのにもかかわらず、世界的な緩和競争の中で、リスク回避のマネーが相対的に景気が底堅く金利も高いドルに集まり、為替市場全体でドル高が進んだからだ。
通貨別に昨年9月からの1年間の対ドルの増減率を見ると、ユーロは約5%下落。人民元も約4%落ち、特に元安容認以降の下落幅が目立つ。欧州連合(EU)離脱問題で先行き不安を抱える英ポンドも約4%下落。主要通貨では、「安全資産」とされる円だけがドルに対して唯一上昇(約4%)し、円高になっている(図)。
つまり、現在の為替相場では「ドル高であり、円高でもある」というドル・円2強の状態が続いている。
背景にはユーロの弱さがある。これは欧州経済の要となるドイツ経済が市場の予想を超えて悪化したことが大きい。4~6月期の実質国内総生産(GDP)が前期比マイナスに転じた矢先に、ドイツ連邦銀行(中央銀行)が7~9月期についても「連続でマイナス成長になり、景気後退局面に陥るリスクがある」との報告をまとめた。
ドイツ経済への不安の高まりで、対ユーロでのドル買いが強まった。その流れで対円でもドル売りを抑える結果となり、ドル安・円高に歯止めをかけた。
みずほ銀行の唐鎌大輔・チーフマーケット・エコノミストは「為替の世界では『相対的にまし』であると買われる。ユーロがドル売りの受け皿にならず、経済失速で米金利が下がってもなおドルが『まし』であり、ドル高が続いた」と分析する。
財政出動へシフト
では、こうした“消去法”によるドル高は今後も続くのだろうか。
唐鎌氏は「もはや『保険的利下げ』どころか『対症療法的な利下げ』が必要な情勢。年内に2回、年度内なら3回は利下げするだろう。米長期金利が下がれば、いつまでもドル高が続くとは思えない」と指摘する。じりじりとドル安・円高方向に傾き、年末までに1ドル=100円に触れ、来年4月以降は98円も試すと見る。
金融アナリストの豊島逸夫氏は「これまでドカ雪のように積み重なった『株売り、債券買い、ドル買い、円買い』の投機的ポジションに巻き戻しが起きつつある。ドル高は、投機筋の買いで増幅していた部分がはがれ落ち、ドル安に向かうのでは」と指摘する。
ドル・円については「日銀は『金融緩和負け』して円高が進むだろう。米ヘッジファンドは円買いを狙い、かつてなく日銀の政策決定会合(9月18、19日)に注目している」(豊島氏)とする。
他方、世界各国で金融緩和による景気下支えの限界が意識されている。ドイツのショルツ財務相は9月10日の議会下院で、経済危機の場合でも経済に「数十億ユーロ」を注入すれば対処可能と強調。EU内でもドイツの財政出動への期待が高まっている。
米国でもトランプ大統領が8月下旬、給与税の引き下げなど景気下支えの財政刺激策に一時言及して翌日引っ込めたが、選択肢としてくすぶる。豊島氏は「来秋の米大統領選に向けて米国は財政出動へ傾いていくだろう」と予想する。
通貨戦争の出口が見えない中、財政危機という新たなリスクが顔をのぞかせつつある。
(岡田英・編集部)
(吉脇丈志・編集部)