マーケット・金融勃発!通貨戦争

ドル売り・人民元買い 通貨安戦争に向かう米中 禁断の“為替介入”シナリオ=武田紀久子

(Bloomberg)
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 米財務省は8月5日、中国を「為替操作国」に認定したと発表した。米国が主要貿易相手国を為替操作国として正式に認定するのは、1994年7月以来、実に四半世紀ぶりのこと。米中「貿易戦争」は明示的に「通貨戦争」の領域へ踏み込んだ。8月初旬以降、金融市場のムードは一変し、株式・債券に比べると安定を保ってきた主要通貨の為替動向も、波乱含みになっている。

 認定直前の7月31日には、米連邦準備制度理事会(FRB)が約10年半ぶりに利下げを実施し、続く8月1日にはトランプ米大統領が第4弾の対中関税引き上げ方針を発表。わずか1週間足らずで金融、貿易、そして為替の主要政策で重大な決定が相次いだ。そこから浮かぶのは、トランプ氏という異形の大統領が景気浮揚や対外競争力強化という名目で政治介入を常態化させ、金融・貿易・為替の三つをたくみに使い政策運営している今の米国の姿である。

 例えば、FRBへの露骨な利下げ要求には、トランプ氏が米貿易赤字拡大の一因と考える「ドル高・貿易相手国の通貨安」をけん制する狙いがある。同時に、通商交渉を有利に進める道具として、通貨の「武器化」を行っている。

 言うまでもなく、これらの政策は本来、担当官庁などが別個に所管している。市場参加者からすれば従前の一つ一つの予測作業だけでも十分に難しいところ、専門性や独立性を脅かす政治介入が繰り返され、経済政策全般の予見可能性が著しく低下している。そして、こうした市場の困惑に拍車をかける形で今夏急浮上した新たな政策オプションが、「米当局によるドル売りの為替介入」である。

「実施しないと言ってない」

「為替操作の大勝負に対抗する!」。介入観測が一気に広まったきっかけは、7月初めのトランプ氏のツイートだった。クドロー国家経済会議(NEC)委員長は7月26日に「大統領と経済顧問は介入案を協議したが、最終的に見送る決定を下した」とコメントしたが、逆手に取れば、政策選択肢として俎上(そじょう)に載せたことをあえて公表したわけだ。トランプ大統領も「実施しないと言ったわけではない」と後日修正するなど、観測は消えていない。

(出所)米財務省Exchanges Stabilization Fund「State of Financial Position as of July 31, 2019」より筆者作成
(出所)米財務省Exchanges Stabilization Fund「State of Financial Position as of July 31, 2019」より筆者作成

 為替介入の決定と執行をどの機関が担うかは国によって制度が異なる。米国では、財務省とFRBが協議・合意の上、折半で実施する(実務執行はニューヨーク連銀)。米財務省は1934年成立の「金準備法」でドル安定の法的義務を課されており、介入の原資を賄う基金として、為替安定化基金(ESF)を設置。現在、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)、米ドル、外貨で構成され、7月末時点の残高は937・69億ドル(約10兆円)だ(図)。

 他方、FRBに対しては、連邦準備法14条の法解釈と長年の実績によって介入権限が確立されている。為替政策の主管は財務省だが、介入は折半される慣習を前提に、最大でESFの2倍まで実施可能とされる。それでも1900億ドル(約20兆円)程度であり、1日平均5兆ドル(約530兆円)が取引される外為市場出来高の4%にも満たず、弾薬が十分とは言い難い。

 原資が限られる上、実務的にも理論上も流れに逆らう単独介入の効果が薄いことは広く知られている。中国当局による規制も多い人民元への介入が技術的にどの程度可能かも未知数だ。となれば、実弾介入の可能性はやはり低く、対外交渉を有利にするワイルドカードとして、口先介入にとどまると読むのが妥当と思われる。

 ただ、こうした常識的な見方を覆すのがトランプ氏であり、リスクとして無視できない。日経QUICKが東京外為市場関係者に8月初旬に行った調査では、約3割が「2020年米大統領選までに介入が行われる」と回答した。

ドル選好の逆説

 米国が介入を検討した事実は、大きな矛盾とドルの信認低下リスクを抱えている。ドル高止まりの最大の理由は、トランプ流の政策運営を嫌気した投資家・企業家のリスク回避にある。大混乱必至の禁じ手を使えば、少なくとも短期的に、逃避先としてドル建て資産選好が強まる逆説が生じる。

 長期的なリスクとしては、逆に、ドルの信認低下があろう。米国の自由・公正で世界最大の金融資本市場は、米国を覇権国たらしめる重要な要素であり、安定した価値保存手段である基軸通貨ドルはその中核にある。それを通商交渉の道具におとしめ、減価のための為替介入を行う愚は、ドル、そして米国に対する信認を失墜させ、「強い米国」を目指すトランプ政権の意向とは全く逆の結果をもたらすリスクをはらんでいる。

(武田紀久子・国際通貨研究所主任研究員)


「為替操作国」認定の真意 新“関税カード”の根拠に?

認定はさらなる関税引き上げの伏線か(Bloomberg)
認定はさらなる関税引き上げの伏線か(Bloomberg)

「為替操作国」の定義は、米国の二つの法律から確認できる。一つは2015年成立の「貿易円滑化・貿易強化法」で、三つの数値基準を設けて定量的な判断を行う。もう一つは1988年成立の「包括貿易・競争力法」(以下「88年法」)」であり、「効果的な国際収支の調整を阻害するような行動」や「不公正な手段で国際貿易上の競争優位を得ること」を実施する国を指す。

 今回の認定に際し、米財務省は声明で「中国の通貨切り下げの目的は、国際貿易で不公正な競争優位を得るためだ」とし、「88年法」にのっとった定性的な判断であることがうかがえる。

 認定後の手続きは「88年法」では是正に向けた「相手国との交渉開始」が義務付けられているだけで、この先の具体的な報復措置の姿が描きにくい。

 実は米商務省は今年5月、自国通貨安を通じて「貿易補助金」を得ていると見なした国に相殺関税を新たに課すことを認める規則案を連邦広報で公表し、意見募集している。

 こうした動きから、トランプ政権は「操作国認定」を目的としているというより、これを根拠に更に厳しい関税を課す体制を整備している可能性が考えられる。

 この規則が適用されることになれば、認定後に米国が進める報復措置などを主導するのは必ずしも財務省ではなく、商務省/通商代表部になり、更なる関税引き上げなどが検討・実施される蓋然(がいぜん)性が高まるだろう。

(武田紀久子)

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