マーケット・金融勃発!通貨戦争

米金利 FRB8回分連続利下げ 史上初のマイナス金利へ=宇野大介

(Bloomberg)
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 今後の主要国経済、金融市場を占う上でのポイントは、米中通商戦争の行方であろう。既に経済戦争の様相を呈し、その本質には米中の覇権争いがある。関税の報復合戦を経て、中国は報復のステージを為替市場での通貨安という形へと昇華。これに呼応するように、米国は中国を為替操作国に認定し、自らも通貨安志向を鮮明にしようとしている。

 もちろん、これは短期的には来年の米大統領選で再選を目指すトランプ氏による、製造業を中心とする有権者層へのアピールに他ならない。場合によってはドル売り介入の選択もあるかもしれない。交易上、有利な前提を付与するドル安は株高を作り出す。より広範な国民へのアピールとして、株高の維持、最高値更新といった状況を生み出すには、昨年12月~年明けのアップル・ショックのような株価調整局面は回避したいわけで、そのための手段が金融緩和であろう。

 金融政策は米連邦準備制度理事会(FRB)の専権事項ながら、トランプ大統領は連日のようにツイッターでFRBに利下げを要求。FRBは7月末に約10年半ぶりに利下げに転じ、結果的にトランプ氏が主張する方向性に沿う形になった。こうした圧力は、少なくとも来秋の大統領選まで続くだろう。

 そして、FRBは2015年12月からの段階的な利上げで作り出したプラスの政策金利のすべてを使い果たすよう、大統領に強いられる可能性が高いと見ている。

「金利ゼロ以下」の検討

(注)2019年9月3日までの推移 (出所)ブルームバーグより筆者作成
(注)2019年9月3日までの推移 (出所)ブルームバーグより筆者作成

 FRBのパウエル議長は、7月末の利下げは景気拡大局面の途上での政策金利の調整(mid-cycle adjustment)であり、連続的な利下げプロセスに入ったわけではないと説明した。だが、利下げ後の米株価はそれまでの楽観相場と違い、反落後の戻りが明らかに弱い(図1)。米中対立の激化もあるが、利下げによる株価下支え効力は弱まっているとも捉えられる。まるで材料出尽くしのようである。

 こうした反応もあり、FRB自身も株高、金融安定性の維持のため、0・25%刻みなら8回分の利下げに相当する政策金利の「弾丸」をすべて使い果たし、政策金利がゼロに至る場合のことを既に想起している。8月21日に公表された7月末の米連邦公開市場委員会(FOMC)会合の議事要旨では、その冒頭からFOMCメンバーがリーマン・ショック以降の金融政策を振り返り、政策金利がゼロまで低下し、事実上の下限(ELB:Effective Lower Bound)まで達した際、どう政策対応したかを吟味していた。

 ELBとは、景気後退時にどこまで政策金利を引き下げることができるかの下限。従来はゼロ金利までが限界と言われたが、欧州や日本がマイナス金利政策を導入したことで、マイナスも含んだ概念と捉えられている。FRBはゼロ以下の政策金利も視野に入れ、それにおびえているように見える。

ゼロ以下妨げるものなし

(注)2019年3月までの推移 (出所)ブルームバーグより筆者作成
(注)2019年3月までの推移 (出所)ブルームバーグより筆者作成

 8月に入って米中対立がさらに激化し、世界景気の後退懸念が強まる中、投資家の資金は国債に向かった。中でもプラス圏の金利を持つ米国債に投資マネーが集中。結果、米国10年債の利回りは低下を続け、昨秋の3・2%から一時1・5%を割って史上最低値(1・32%)に近づいた(図2)。30年債は1・9%と過去最低を更新した。

 一方、先進国ではドイツの10年国債が1カ月でマイナス0・4%からマイナス0・7%を切るまで低下。ドイツの国債の利回りがすべての年限でマイナス圏に「水没」した。日本は言わずもがな、フランスの長期金利もマイナスとなり、新興国も含めて各国の利下げが織り込まれ、世界的な金利低下が連鎖しつつある。

 昨年末まで利上げを続けた米国は、相対的な優位性の残り香としてのドル高が続いている。これに伴う輸出減退、米中通商戦争による景気減速・後退感の高まりを受け、FRBは連続利下げを強いられるだろう。筆者は、現在1・7%程度で推移している米国10年債利回りはFRBの連続利下げを織り込んで年末までに0%へ、来年にはマイナス金利に突入すると見ている。

 市場金利がマイナスに到達すれば、米国史上初めてで大きなパラダイムシフトとなるが、現実味を帯びつつある。グリーンスパン元FRB議長は8月の外電のインタビューで「米国債利回りがゼロ以下になるのを妨げるものは何もない。ゼロは何の意味も持たない」と述べた。

 一方、為替市場では米国がドル安を志向しても、中国・欧州がすんなり従うわけもない。米国は景気を維持しようにも、頼みの利下げ効果ははがれ落ちつつあり、財政政策もトランプ氏就任後の無理な拡大策で財政赤字が増長しており、追加策を打ち出しにくい。

円高圧力で年内100円

 トランプ氏が大統領選に向けた実績作りを重視するなら、くみしやすいのは日本だろう。しかも、日本政府・日銀は、効果の大きい追加緩和策はネタ切れだ。ドル安は対円で進みやすい経済環境にあり、日米貿易交渉で通貨安誘導を禁じる「為替条項」の導入を求めた米国の動向も含めれば、年末にかけて100円、来年までを見据えれば90円台の円高も覚悟すべきだろう。

 自由貿易を阻害する米中二極体制とその不和は、世界経済の減速からグローバルな景気後退に陥る悪夢を現実にする大きなリスク要因と言える。

(宇野大介・三井住友銀行チーフストラテジスト)

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