週刊エコノミスト Online年金の大誤解

誤解1 年金は2割減る 2割減は所得代替率 物価調整後でも増額=塚崎公義

    高齢者にとっては関心があるのは年金の金額(Bloomberg)
    高齢者にとっては関心があるのは年金の金額(Bloomberg)

     厚生労働省は8月27日に「公的年金の現状及び見通し(財政検証結果)」 を発表した。これは、経済成長率などのさまざまな前提を置いた6通りのケースで、年金支給額の長期的な見通しを試算するもので、5年に1度発表される。

     結果は5年前とそれほど違わず、専門家の間では特に驚きはなかった。しかし、「年金が2割減る」といった報道や評論家のコメントなども見られたため、6月に金融庁から出された「老後資金2000万円不足報告書」の記憶がよみがえり、ダブルパンチで不安を募らせた人も多かったようである。

    特集:年金の大誤解

     はじめに本稿の結論を記すと、年金が2割減ることはない。厚労省の試算の中で標準的な経済前提とされるケース3について見てみると、2060年度の年金支給額は、インフレ調整後でも現在より増加するのだ。自営業者などの夫婦では、国民年金保険料を40年間払っていれば、老後は夫婦合計で月額13万円の基礎年金が受け取れる。これが、60年度には14・2万円に増える試算となっている。

    40年後に5・6万円増

     また、サラリーマン(サラリーウーマンや公務員などを含む、以下同様)と専業主婦(または専業主夫)の夫婦は、老後は夫婦合計で月額22万円の年金(老齢基礎年金13万円に老齢厚生年金9万円が上乗せ)が受け取れる。これが、60年度には27・6万円に増える試算である。これは、インフレ調整後の数値なので、年金だけで生活する老夫婦の生活水準は、現在よりむしろ向上する、というのが試算の結果なのである。

     ただし、厚労省の経済前提が甘すぎるという批判もある。そこで、6通りの試算のうち悲観的な方から2番目のケース5(実質経済成長率0%)を見ても、自営業者夫婦は10・2万円と2割減になるものの、サラリーマン夫婦は20・8万円と微減にとどまる見込みである。

     では、なぜ「年金が2割減る」という誤解が広まったのであろうか。それは、「所得代替率が2割減る」を「年金が2割減る」と誤解した人が多かったからである。

     所得代替率は、現役世代の所得(現役男子の手取り収入、以下同様)に対する高齢者の年金受取額の比率のことだ。

     ケース3における具体的な数値を見たのが図1である。現在の所得代替率は61・7%であるが、これが60年度には50・8%にまで低下する。率にして2割弱の低下である。これが「年金が2割減る」の根拠である。

    (出所)厚生労働省「2019年財政検証」。ケース3は物価上昇率1.2%、賃金上昇率2.3%(注)年金額は物価上昇率で2019年度に割り戻した実質額
    (出所)厚生労働省「2019年財政検証」。ケース3は物価上昇率1.2%、賃金上昇率2.3%(注)年金額は物価上昇率で2019年度に割り戻した実質額
    (出所)厚生労働省「2019年財政検証」。ケース5は物価上昇率0.8%、賃金上昇率1.6% (注)年金額は物価上昇率で2019年度に割り戻した実質額
    (出所)厚生労働省「2019年財政検証」。ケース5は物価上昇率0.8%、賃金上昇率1.6% (注)年金額は物価上昇率で2019年度に割り戻した実質額

    誤解させたい人々

     しかし、上記のように年金自体が減るわけではないし、「名目年金額が一定で2割インフレになるので物価調整後は2割目減りする」というわけでもない。「現役の所得が大きく増えて、年金額が少ししか増えないので、現役世代の所得との対比である所得代替率が悪化するだけのことなのである。

     公的年金は、現役世代が払った年金保険料で高齢者を養う制度である。したがって、少子高齢化によって現役世代と高齢者の人数比が変化すれば、その分だけ年金支給額には減額の圧力がかかる。試算では、その圧力を打ち消すのが経済成長と賃金上昇ということになっている。経済が成長し、現役世代の所得も増えるので、少ない人数で多くの高齢者を養っていける、というわけである。

     年金が2割減るわけではないのに、そう誤解させるようなミスリーディングな表現が横行している理由の一つは、年金が減ると誤解させたい人が存在することであろう。野党の一部には、政府を批判することが自分の使命だと考えている人が少なくないようだ。そうした人が、批判材料として2割減と言いふらしている、という面もあろう。

     悲観論が好きな評論家は多い。「大丈夫です」と言うより、「心配です。困りました」という方が、賢そうに見えるし、いろいろと面白い話もできるし、聞き手が興味を持ってくれるからである。年金不安をあおり、「だから老後資金を自分で確保するために、資産運用をしましょう」と言って投資商品を売りつけようとする人もいるだろう。そして何より日本国民自身が「大丈夫です」という話より「心配です。困りました」という話を信じて心配する、という傾向にあるようだ。

     しかし、本件に関しては、意図を持っているというよりも本当に誤解して発言している人も多そうだ。そして、その原因として最も罪深いのは、厚労省の発表の仕方だと筆者は考えている。

    所得代替率は注記に

     厚労省の発表資料を見ると、所得代替率の話が大きく出ている。これが大変にミスリーディングなのである。これを見たら、年金に詳しくない人が受ける第一印象は「年金が2割減る」であろう。そこで筆者は厚労省に対し、次回は発表資料の中で所得代替率を小さな字で脚注に記すように提案したい。

     法律には、所得代替率が50%を下回らないように対応せよ、とあるので、官僚としては何より所得代替率が気になるのであろう。しかし、官僚以外に所得代替率を気にしている人はさほどいないだろう。

     何より、高齢者や高齢者予備軍にとっては、年金の金額そのもの(インフレ調整後)が重要なのである。現役世代の所得との比率などに興味はないのだから、いっそのこと所得代替率の規定を法律からも削除してほしいくらいである。

     上記を理解した上で、なおかつ「厚労省の試算の前提が甘すぎる」と考える人はいるだろう。そうした人は、やはり年金が2割減ると考えるかもしれない。そうであっても、なおかつ過度な懸念は不要である。

    「サザエさん」の登場人物である波平氏は54歳である。それが年金制度ができた頃の高齢者のイメージであったことを考えると、今の高齢者は元気である。当時の定年は55歳が主流であったが、今の高齢者は70歳まで働いて何の不思議もない。

     そうであれば、70歳まで働いて、70歳から年金を受け取るようにすればいい。毎回の支給額が42%増えるので、現在65歳で年金を受け取り始めている人よりも多くの年金が受け取れるのだ。

     老後資金を考える際に最も重要なことは、年金の減額を心配しておびえていることではなく、「波平氏より元気な間は働く」ということなのである。

    (塚崎公義・久留米大学教授)

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