週刊エコノミスト Online欧州発 世界不況

変われないドイツ ITシフトに乗り遅れ 環境規制で増す企業負担=山口勝義

    (出所)世界知的所有権機関(WIPO)の資料から筆者作成
    (出所)世界知的所有権機関(WIPO)の資料から筆者作成

     ドイツで経済の停滞感が強まっている。不振の中心は製造業の輸出と生産だ。

     本来、ドイツには“モノ作りの本場”として、独自の強みがあったはずである。例えば、(1)世界的な大企業に加え「ミッテルシュタント」と呼ばれる中小企業の層の厚さ、(2)優れた教育訓練制度と熟練技術の蓄積、(3)ITを駆使して製造業の生産性を飛躍的に向上させる、“第4次産業革命”とも言われる「インダストリー4・0」などを通じた技術革新への取り組み、(4)さらには緊縮財政で積み上げた財政黒字──などを経済の強みとしてきた。 特集:欧州発 世界不況

     こうしたドイツ本来の強みが、近年、大きく揺らいでいる。背景には、「デジタル化」と「環境規制」という世界的な2大潮流に対応できていないことがある。これら変化の下で、ドイツの強みが陳腐化している可能性がある。むしろ、その強みがドイツ経済の構造的な問題として固定化するリスクをはらんでいる。

    (出所)世界銀行の資料から筆者作成
    (出所)世界銀行の資料から筆者作成

    劣るデジタルインフラ

     技術力において国がどのくらいのポテンシャルを持つかを知る目安となる「特許申請件数」(2018年)を見ると、トップの中国が150万件を超え、そこから大きく水をあけられてはいるものの2位米国が60万件に迫るのに対し、ドイツは10万件を下回っている(図1)。

     また、欧州連合(EU)は、10年に合意した中期成長戦略「欧州2020」の枠組みの中で、加盟国ごとに研究開発(R&D)投資額の目標を掲げている。ドイツは他のEU主要国と比べ進捗(しんちょく)は順調に見えるが、世界的に見ると日本や韓国が勝っている。

     さらに、eコマース(電子商取引)やSNS(交流サイト)などを手掛けるプラットフォーム企業や、テクノロジー関連のユニコーン企業などの動向を見れば、グーグル、アマゾン、フェイスブックを擁する米国と、アリババ、テンセント、バイドゥなどを擁する中国の企業が席巻しており、ドイツ企業の出る幕はほとんどない。EU内でも、科学技術者比率や輸出額に占めるハイテク製品比率などでは、ドイツはフランスなどに比べ低い水準にある。

     そもそも、こうしたITを基盤としたニューエコノミーの成長や、インダストリー4・0の進展には、基本的なインフラとして「ブロードバンド」(高速大容量通信)が欠かせない。この点で、ドイツは、通信回線の平均速度が固定ブロードバンドで世界30位程度、モバイル接続で同40位程度にとどまっているとの報道もある。基本的な社会インフラの弱さが産業のデジタル化を妨げ、企業の事業展開の障害となっている。

     特に、製造業を中心に技術継承に強みを発揮して経済を支えてきた中小企業は、デジタル化をはじめとする技術革新の波への適応で、大企業のような資金力や人材を確保できず、厳しい。

     もう一つ、環境規制への対応でもドイツは遅れが認められる。

     まず、ドイツは二酸化炭素(CO2)排出量がEU内でも高い水準にある。1人当たりの年間CO2排出量を見ると、9トンとフランス、スペイン、イタリア、英国を大きく上回っている(図2)。CO2低減は喫緊の課題だが、対策は容易ではない。

     まず、自動車(新車)が1キロの走行で排出するCO2の量を見ると、ドイツ車はEU主要国で最も高い。もう一つ、石炭火力発電への依存度が高いことも課題だ。旧東ドイツの発電設備を引き継いだ経緯から、化石燃料依存体質からなかなか抜けきれない。政府は石炭火力発電を全廃する方針であるが、その具体化はこれからである。

     ドイツの電力価格は原子力発電を主力とするフランスなどと比較して高い水準にあるが、今後とも新たな環境税の賦課などで企業や家計の負担が一層増す可能性もある。

    石炭火力発電への依存度が高いこともドイツの課題(独シュプレムベルクにある発電所)(Bloomberg)
    石炭火力発電への依存度が高いこともドイツの課題(独シュプレムベルクにある発電所)(Bloomberg)

    試練迎える自動車産業

     こうしたドイツの構造問題を解く鍵を握るのが、ビジネス環境の変化を正面から受けている自動車産業である。

     これまでにも15年に表面化した排ガス不正事件や18年の新たな燃費試験への対応遅延を経験してきているが、21年に適用が始まる新車のCO2排出量規制は関門だ。前述のように新車のCO2排出量が高いドイツは、他国に比べ新しい規制への対応が難しいと言える。

     また、ドイツの自動車産業は電動化技術で日本や中国のメーカーの後塵(こうじん)を拝している。高齢化の進展やカーシェアリングの定着によって需要の縮小が見込まれる中、同時に次世代車の生産拡充に向けての投資がかさみ、生産コストの上昇から国際競争力の低下につながる恐れがある。

     こうして見ると、自動車や化学などの旧来型の製造業を基幹産業とし中小企業層が厚いドイツ経済が、急速な環境変化の下で十分に適応できていない姿が浮かび上がってくる。ドイツ政府が財政黒字に固執するあまり社会インフラの整備が後手に回り、産業界を取り巻く苦境を一層厳しいものにしているとも考えられる。

     かつてドイツは1990年の東西再統一に伴う負担に苦しみ、「欧州の病人」と呼ばれたが、背景には硬直的な労働市場などの構造問題があった。いままた、新たに出現した構造問題によって、ドイツが再び欧州の病人に逆戻りすれば、欧州経済の下押し圧力となるだけでなく世界経済の下振れリスクとなる懸念がある。

    (山口勝義・農林中金総合研究所主席研究員)

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    12月24日号

    日本経済総予測第1部14 富裕層にアベノミクスの恩恵 「消費の二極化」鮮明に ■浜田 健太郎/岡田 英17 2020年の主な国内イベント18 インタビュー リチャード・クー 野村総合研究所主席研究員、チーフエコノミスト 「中立な『財政委員会』設置し今こそ財政出動と構造改革を」20 外需 米予防緩和で [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ PR

    最新の注目記事

    ザ・マーケット