週刊エコノミスト Online通貨・決済 新時代の支配者は誰だ?

もう一つの米中経済戦争 リブラの真の敵は中国決済=大堀達也

 金融分野で米国が革新を起こさなければ、中国がリードすることになるだろう──。

 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)は10月23日、米議会下院金融サービス委員会の公聴会に出席し、6時間にわたり、同社が発行を計画する仮想通貨(暗号資産)「リブラ」を不安視する米議員らの追及に対応した。議員たちにリブラが“脅威”と映るのは、世界で20億人を超えるフェイスブックのユーザー数を背景にドルなど法定通貨を代替する可能性があり、現在の金融秩序を崩す懸念があるからだ。

特集:通貨・決済 新時代の支配者は誰だ?

 フェイスブックはこれまで、リブラが「価値を安定」させる仕組みを備え、ビットコインなど価格が不安定な仮想通貨とは一線を画すと主張してきた。しかし、今回の公聴会では一転、金融の主導権が中国に移るリスクを前面に打ち出し、それを防ぐための有効なツールがリブラだと強調した。ザッカーバーグ氏は、中国が人民元に裏付けられた仮想通貨を発行し、国営企業を通して普及させる──という、リブラと全く同じ発想の計画を持っていると述べた。

 つまりフェイスブックが強力なライバルと見ているのは、銀行でもカード会社でもビットコインでもなく、中国である。その背景には中国進出の“挫折”がある。

 端緒は2015年。初訪米した中国の習近平国家主席は、訪問地のシアトルに米中の巨大IT企業のトップを集めた。米国からはフェイスブック、グーグル、アマゾン、アップル、中国からはアリババ、テンセント、バイドゥなど計30社のCEOが一堂に会した。

 習氏には、発言力のある米ITトップと関係を構築し、サイバー戦争をめぐり中国に制裁をちらつかせる米国の圧力を緩和する狙いがあった。一方、米ITトップにあったのは中国市場進出への野望である。だが、いまだに中国は検閲方針でフェイスブックなど米ネット企業に中国内での運営を許可していない。それでも、中国語を習い、中国系米国人の夫人を伴って度々中国を訪れていたザッカーバーグ氏は、アリペイ(支付宝)、ウィーチャットペイ(微信支付)という中国の2大キャッシュレス決済が猛烈な勢いで拡大するのを目の当たりにした。

 アリババ、テンセントという巨大ITグループがそれぞれ展開する2大決済は、スマートフォンで簡単に決済できる“使い勝手の良さ”で世界中に進出。足元のユーザー数はアリペイ12億人、ウィーチャットペイ10億人に上る。

 使いやすいSNSでユーザー数を爆発的に伸ばしたフェイスブックは、「高い利便性を持つサービス」の威力を誰よりも理解している。アリペイ、ウィーチャットペイを“決済システムの世界標準”に最も近い位置にいる「真の脅威」と考えても無理はない。

「デジタル人民元」

 中国政府は10月28日、政府発行のデジタル通貨計画で、商業銀行に限定した試験運用を検討中と発表した。やはり中国は仮想通貨による金融覇権をもくろんでいる。

「中国人民銀行は、リブラと似た仮想通貨を作ったら、それをアリペイ、ウィーチャットペイ(のインフラ)に乗せる可能性もある」

 中国の決済ビジネスに詳しい田代秀敏シグマ・キャピタルチーフエコノミストはそう指摘する。

 人民元は国際化の壁に突き当たっているが、この先、仮想通貨と結びついてアリペイなどのネットワークに乗れば一気に世界に広がる可能性は否定できない。

 そうなれば中国とフェイスブックの争いは、決済だけでなく「デジタル通貨」の覇権争いの様相を帯びる。リブラは複数通貨の裏付けによって「価値の尺度・交換・保存」という通貨機能を備える予定だ。しかし、このままでは「デジタル人民元」に先を越されかねない。

 ただ、中国の相手はリブラではない。真の狙いはドルに代わる基軸通貨だろう。そのドルの覇権にはほころびが見え始めた。原油の決済はドル建てで行うとする「ペトロダラー体制」がある限りドル基軸は強固──そうした従来の見方に風穴を開ける出来事があった。ロシアの国営石油会社ロスネフチは10月、原油決済を全面的にユーロで行うと発表した。ロシアはすでに、ドルを介さずに原油を輸出している。今後、ロシアから中国に輸出される石油が、デジタル人民元で決済される可能性もある。

 一方のリブラ陣営は、運営に参加予定だったビザ、マスターカード、ペイパルといった決済関連の主要企業が次々と脱退。当初の参加予定だった28社のうち4分の1の企業が去った。「金融当局との関係悪化は避けたいのだろう」(中島真志・麗澤大教授)。ビザとマスターカードの脱退はリブラ運用開始後、すぐに決済で使える店舗が激減するため大きな痛手だ。

 米議会によるリブラ糾弾も金融リスクだけが理由でないとの見方もあり、収束する気配はない。16年の米大統領選でトランプ氏を勝利させるため、ロシアが民主党のヒラリー・クリントン候補に不利になる情報操作をしたと疑われる「ロシアゲート」問題で、ロシアで大量に作られたフェイスブックの「偽アカウント」が利用された疑惑があるからだ。「疑惑を払拭(ふっしょく)できないままのリブラは認められないだろう」(海外銀行関係者)。米国で“内輪もめ”をしているうちにも、通貨・決済覇権をかけた「もう一つの米中経済戦争」は中国有利に傾きつつある。

(大堀達也・編集部)

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