「経済の機関車」ドイツ失速 新興国と共倒れのリスク=稲留正英/浜田健太郎
欧州経済が急速に減速感を強めている。震源地は「欧州経済の機関車」と自他共に認めるドイツだ。
「ドイツの産業界は、既に景気後退のまっただ中にいる。ドイツ企業の心理は極めて弱い」──。
ドイツ最大の経済団体であるドイツ産業連盟(BDI)のヨアヒム・ラング事務局長は10月17日、ドイツ経済・エネルギー省が秋季経済予測で、2019年と20年の国内総生産(GDP)の成長率見通しを発表したことを受け、異例の声明を発表した。特集:欧州発 世界不況
経済・エネルギー省は例年、1月、4月(春季)と10月(秋季)の年3回経済予測を発表する。10月17日に発表された秋季経済予測では、19年の成長率は0・5%と春季予測から据え置かれたものの、20年の成長率は1・5%から1%に下方修正された(表)。輸出の伸びが3%から2%に、輸出と密接に結び付いている企業の機械設備投資が3%から1%に引き下げられたことが響いた。成長率が据え置かれた19年も、輸出と設備投資の落ち込みを、好調な個人消費などが補い、かろうじて下方修正を免れた格好だ。
冷え込む英独貿易
ドイツはダイムラーやフォルクスワーゲン(VW)に代表される自動車産業を武器に、輸出主導で欧州経済をけん引してきた。同国GDPに占める輸出の割合は実に4割を占める。しかし、世界貿易の縮小が「必勝パターン」に大きな影を落としている。
英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)も欧州経済の大きな懸念材料だ。離脱期限が来年1月末に延期されたが、先行きは依然、不透明。12月12日に予定される英国総選挙では、ブレグジットを推進する与党保守党が圧勝すると見られていることから、市場では「合意なき離脱」は回避されるとの見通しが強まっている。
だが来年1月末にEUとの間で離脱協定を結んでも、将来関係協定を結ぶ期限である20年12月末までにEUとの間で自由貿易協定(FTA)を結ばなければ、その瞬間に税関が出現する。EUが他国とFTAを結ぶには最短で4年、平均で6年かかっており、21年1月以降、英・欧州大陸間で物流が大混乱する懸念が依然として強い。
ブレグジットの欧州域内経済への影響は甚大だ。ドイツにとり英国は米国に次ぐ貿易黒字の相手国。黒字額は450億ユーロ(約5・4兆円)に及ぶ。ドイツ企業の対英直接投資も1079億ユーロ(15年)で、英国の対独投資(642億ユーロ)に比べて6割も大きい。ドイツ経済研究所(ケルン)は18年10月、合意なき離脱の場合は、中長期的にEU・英国間貿易は最大50%、ドイツの英国向け輸出も最大57%減るとの見通しを示していた。
ジェトロのデュッセルドルフ事務所の森悠介ディレクターは、「一番、懸念されるのはサプライチェーン。特に、完成品メーカーに部品を必要な時に必要な量を納入する『ジャストインタイム』が求められている部品メーカーにとり、税関が復活する影響は大きい」と話す。
ジェトロが18年末に在EU日系企業に対して実施したアンケートによると、ブレグジットが自社の事業に「マイナスの影響がある」と回答した企業は、全体の38・9%と前年比で12ポイント増加した。税関、通関手続き、英国本社・物流などが上位の懸念項目として上がっている。
金融機関も欧州経済の地雷源だ。国内の個人向け金融で営業基盤が脆弱(ぜいじゃく)なドイツ銀行や独コメルツ銀行は、海外での投資銀行業務で収益を上げようとしたが、金融派生商品の投資失敗などで、経営が急速に悪化している。
金融の著名ブログ「ゼロヘッジ」によると、ドイツ銀が保有する金融派生商品は、18年12月末で43兆4600億ユーロ(日本円で約5300兆円)と巨額だ。マネックス証券の大槻奈那・執行役員は、「2大銀行の経営が悪化し、貸し出し余力がないことは、ドイツの産業界にとっては明らかにマイナス」と指摘する。ただ、欧州は銀行救済に際しては、「株主や一般債権者の責任を問うベイルイン方式を採用」(大槻氏)しており、それが、公的資金による救済を難しくしている面がある。
さらに「エアバス問題」に端を発する米欧貿易摩擦も欧州経済のマイナス材料だ。今後、自動車に対して米国の対欧州制裁関税に発展するリスクもくすぶる。制裁発動となれば自動車の生産・輸出にはさらに下押し圧力がかかる。
第一生命経済研究所の田中理・主席エコノミストは、「ドイツは製造業が先行的に落ち込んだが、ここに来て、サービス業の雇用判断指数にも弱さが出ている。サービス業や内需に影響が及ぶといよいよ景気後退となる」と話す。
株高の材料なし
欧州経済は、(1)ドイツ自動車産業の減速、(2)ブレグジット、(3)銀行危機、(4)米欧貿易摩擦──により、景気が急失速する可能性が高い(図2)。これは世界経済を不況に導くリスクになりうる。
世界への波及経路はこうだ。欧州景気失速で、中国や新興国などへの欧州域内企業の直接投資が冷え込むほか、銀行が新興国を中心に世界に供給した「欧州マネー」の急激な引き揚げが起きる。低成長が続くEU域内に有望な投資先を失った欧州銀行は、リーマン・ショック以降、成長市場である新興国への貸し付けを増やし続けた(19ページ「リスク(1)」参照)。その分、逆流の衝撃も大きい。
これが“負のスパイラル”を引き起こす、と指摘するのは、相場研究家の市岡繁男氏だ。「新興国経済悪化で、欧州金融機関や大企業の財務が傷つく。さらにそれら企業によるリスク回避的な資金の引き揚げが、新興国に一段の打撃を与える」。
実際、HSBCやスタンダードチャータード銀行など英国の大手銀行は、暴動が続く香港向けの融資が50兆円に上るほか、サンタンデール、BBVAなどスペインの大手銀も、メキシコやアルゼンチン、ブラジルなどの中南米諸国に50兆円規模の貸し付けがある。
足元は、Stoxx(汎(はん)欧州株価指数)など株価が高値にあり、楽観論もあるが、株式市場の好調は欧州中央銀行(ECB)だけでなく米国の金融緩和路線転換を受けた一時的なものである可能性が高い。「むしろ欧州企業には株高の材料が見当たらない」(市岡氏)。
GDPが15・9兆ユーロ(約1900兆円)の欧州がつまずけば、世界も無傷ではいられない。経済協力開発機構(OECD)は今年3月、「中国と並び欧州の停滞が世界経済のリスクになりかねない」と警鐘を鳴らした。そのシナリオが現実味を帯びようとしている。
(稲留正英・編集部/浜田健太郎・編集部)