中国が豚経由で揺るがす大豆と油と穀物の食糧安保=柴田明夫
中国の養豚飼養頭数は2016年時点で4億5112万頭と、世界の飼養頭数9億8179万頭の半分弱を占めていた。しかし、20年には2億7500万頭まで激減する、と米農務省は予測している。これがもたらす衝撃は食肉産業だけでなく、豚の餌となる大豆や、大豆油にも大きな影響を及ぼしている。
大豆を搾ると、8対2の割合で大豆ミールと大豆油が生産される。米中貿易戦争に加えて、養豚数の縮小で餌として大豆ミール需要が減ったことで、16年から18年にかけて中国の大豆輸入も減少した。これに伴い、大豆圧搾量が減り、大豆油の生産量が減少したことで、中国国内では大豆油が足りなくなっている。
9倍に激増した大豆輸入
図1は、中国の18/19年度(18年7月~19年6月、以下同)から19/20年度の大豆と大豆製品の需給の姿を描いたものである。中国は19/20年度に8500万トンの大豆を輸入し、これを圧搾して大豆ミール6647万トン、大豆油1621万トンが生産・消費される。他に大豆油110万トンが輸入される構図だ。黒竜江省はじめ東北部で集中的に生産されている国産大豆1710万トンの大半は丸大豆として豆腐やみそ・しょうゆ用に使われている。
中国の大豆輸入は、WTO(世界貿易機関)に加盟した01年の1038万トンから急増し、16年には9400万トンと9倍になった。
激増した背景には、国産大豆の不足分を積極的に輸入大豆で補うという中国政府の施策や搾油施設を増加させ、余った大豆ミールや大豆油は輸出に回す、といった狙いがある。ちなみに現在、都市沿海部を中心に立地する中国の新鋭搾油工場の年産能力は1・4億~1・5億トン超といわれる。
これは言い換えれば、中国を世界の大豆搾油工場化しようとする動きであり、かつての“爆食”中国が、食べきれない鉄と大豆を“爆輸出”する構図とも言うことができる。ただ、今回のアフリカ豚コレラの感染拡大は、中国のこうした戦略を根本から見直さざるを得ないことにもなりそうだ。
アフリカ豚コレラの感染拡大は、中国の大豆ミール需要減少→大豆輸入の減少→大豆油の供給不足→なたね油・パーム油の需要(輸入)増といった形で、世界の植物油市場に影響を及ぼしている。
豚コレラで養豚業が大打撃を受けた結果、大豆の需要が減退。米中貿易戦争の長期化と相まって、中国の大豆輸入量は、16年の9400万トンから18年には8300万トンに減少したのである(図2)。米農務省は19年に8500万トンまで回復を見込んでいるものの根拠は薄い。
一方、新たな動きとして顕著なのは、中国の植物油(大豆油、パーム油、なたね油など)の輸入量が15/16年度の777万トンから19/20年度には1231万トンと6割増に急拡大すると見られることだ(表)。この影響はまだまだ拡大しそうだ。
世界の穀物を支配
大豆貿易や植物油の国際貿易にとどまらず、中国の存在感は、世界の食糧安全保障にも影響を及ぼし始めている。気になるのは、中国の穀物の在庫戦略だ。
増加を続ける食糧需要(コメ、小麦、トウモロコシ、大豆、イモ類)に対して、中国政府は国内生産を拡大する一方、国家備蓄戦略として穀物在庫を厚くしている。米農務省によると、19/20年度末(20年6月末)の世界の穀物在庫量に対する中国の在庫量とその比率は、小麦50・6%、トウモロコシ64・7%、大豆20・0%、コメ67・3%となる見通しだ(図3)。主要4作物の世界の在庫量を足し合わせると8億6065万トンとなるのに対し、中国の合計は4億7831万トンで、実に世界の穀物在庫全体の55・5%を占める。大豆の比率が20%と低いのは、世界の大豆貿易量(1億4810万トン)の6割弱を中国の輸入が占めているためだ。
一方、世界の穀物消費量に対して、中国を除いた世界の穀物在庫量および期末在庫率は、小麦が22・7%、トウモロコシ12・6%、大豆30・5%、コメ16・3%にとどまっている(図4)。特に、トウモロコシの在庫率12・6%というのは、国連食糧農業機関(FAO)が適正とする17~18%を下回り、いったん何事かあればたちまち逼迫(ひっぱく)感の生じる水準である。
世界の食糧における中国の存在感はそれだけ巨大なものとなっている。アフリカ豚コレラ・ショックより大きなショックも想定しなくてはならない。
(柴田明夫、資源・食糧問題研究所代表)