人工肉は世界を救う有力食材か=三石誠司
世界の人口は、今世紀後半には100億人を超え、近い将来食肉の生産が追いつかなくなると懸念されている。しかも、牛肉を1キロ増やすには11キロの穀物が必要(農水省の試算)で、増加する家畜の環境への影響も無視できない。(特集:食肉大争奪)
これらを解決する方法として注目を集めているのが人工肉の開発だ。
その方法は原材料を大豆など植物に求めるか、牛や豚の細胞から直接培養するかに分かれる。
植物由来では、米インポッシブル・フーズや米ビヨンド・ミートが有名だが、ほかにも微生物から香料や味覚成分を製造する企業や酵母から人工卵白を開発した米クララ・フーズなどが注目されている。
培養肉では、鶏や豚、牛の幹細胞を基に人工肉を製造するスタートアップ企業がオランダ、イスラエル、米国、日本にも誕生している(表)。
マグロやスズキなど魚の幹細胞を培養して魚肉のすり身製造に成功した米フィンレス・フーズやペットフード用の培養肉を製造する米ベンチャー企業のボンド・ペット・フーズ、米ワイルドアースなども出現した。
同じ人工肉でも植物由来肉と培養肉は全く異なる。植物由来は肉の食感を持つが肉ではなく、培養肉は成分上は本物の肉と同じで、市場投入段階では異なるマーケティングが求められる。
また、ユダヤ教やイスラム教のように「清浄な肉」を戒律で求めている場合、人工肉がそれに該当するか、原材料や製法、取り扱いの全てで問われることになる。
最大1400億ドル市場へ
今後10年での世界の人工肉市場の拡大見込みは、2000万ドルから1400億ドルまでさまざまな試算がなされているが、潜在成長力が大きいことは間違いない。
気になる価格だが、製造方法や原料によってさまざまな試算があり、一般に実際の肉より高いと言われている。
ただし、今後の技術革新により、数百万円のパソコンが数万円の普及価格となったように、通常の肉より安くなる可能性は十分にある。
一方で人工肉が環境に優しいか否かは、これも製法による。大量のエネルギーや巨大なクリーンルームなどが必要となれば、必ずしも環境に優しいと断言することはできない。
人工肉が安全かどうかも、議論の分かれるところだ。「無菌で純粋培養されたのだから安全」という見方から、人工肉は“クリーンミート”と呼ばれることがあるが、一方でフェイクミート、つまり「偽肉」という名称もある。
人工肉の開発は、本来なら人口増加と環境破壊という人類の課題を解決すべき取り組みのはずだ。だが、現在のところ人工肉のスタートアップ企業には、投機的なマネーが集まっている面も否定できない。
また、DIYバイオと呼ばれるように、安価で誰でも開発可能な状況が出現し始めている。さらに商業化段階で安価な量産化ができたらできたで、その企業に食肉を従来以上に依存せざるを得なくなる。
孟子が言う「似而非者(似て非なる者)」の追求は、今後も世界で続きそうだ。
(三石誠司・宮城大学教授)