週刊エコノミスト Online覚醒する就職氷河期世代

正社員への道、中小企業とのマッチング=小林美希

(注)各年3月卒業者から、就職者(就職進学者を含む)の占める割合 (出所)文部科学省「学校基本調査」を基に筆者作成
(注)各年3月卒業者から、就職者(就職進学者を含む)の占める割合 (出所)文部科学省「学校基本調査」を基に筆者作成

「もしかしたら、結婚もありかな」

 長い非正規雇用から脱して正社員になった男性(39歳)が、ふと気持ちの変化を口にした。就職氷河期の当時、何が起きているか分からなかった。大学時代、就職活動の波に乗れず、卒業後も学生時代のコンビニのアルバイトを続けた。深夜に働けば時給が高いため生活できた。スキルを要する仕事でもなかった。気づいたら、もうすぐ40歳。漠然とした不安に襲われ「東京しごと塾」を訪れた。

 東京しごと塾とは、東京都が2015年度から独自に行っている就職支援事業。30〜44歳の非正規社員を対象に2カ月かけて行われる。自己否定的だった男性のサポートに当たった「ジョブトレーナー(キャリアカウンセラーと同意)」の海谷恵さんは、「大学をやめずに4年通っただけでも素晴らしい」と、まず心を解きほぐしていった。東京しごと塾の責任者であり、この道30年というベテランならではの判断からだ。

 男性の自己肯定感が上がったタイミングで一緒に履歴書を作っていく。学生時代にゼミの教授から頼られた経験を引き出すと、男性は「どうせ三流大学だ」といって今まで書きたがらなかった大学名を堂々と記入するようになった。

 実際に就職活動が始まり「もしかすると正社員になれるかもしれない」という希望が見えてくると、面接がうまくいくようになった。小売業で正社員採用され、現在、夜勤をこなしながら都内のスーパーで働いている。海谷さんは、「入社後、彼の表情は本当に変わった。安定した収入を得て、正社員として社会的に認められたという意識が、それまで関心のなかったパートナーのいる人生を想像できるようになった」と喜ぶ。

(出所)内閣官房就職氷河期世代支援推進室
(出所)内閣官房就職氷河期世代支援推進室

16年無業でも正社員に

 バブル経済が崩壊した1990年代後半に就職氷河期は始まり、00年から6年間は大卒就職率が50%台にまで落ち込んだ(図1)。冒頭の男性のように卒業以来、非正規雇用だったとしても、支援の手が差しのべられれば正社員になることは可能だ。東京しごと塾を通して知り得た卒業生の姿からは、氷河期世代にも正社員への道が開かれていることが分かる。

 IT企業に正社員就職した男性(40歳)は、20代の頃に正社員で働いた経験が3カ月だけ。16年間も無業状態で履歴書が埋まらなかった。ジョブトレーナーと一緒に「自己紹介書」を作り、面接の練習を繰り返した。「自分は無業の期間が長かった」と、堂々と言いきれるようになると、就職活動に前向きになり状況が好転。初歩的なITスキルでも可能なシステム保守職で採用された。

 東京しごと塾を“卒業”間際、取材に応じてくれた男性(39歳)は、都内の有名私大を卒業。新卒採用では50社ほど受けてやっと内定が出たメーカーのルート営業職についたが、2年目に退職。転職先でも正社員として働いたが、うまくいかずに辞めた。工場でコピー機の検査業務を3年続け、そこで長く働きたいと感じたが工場が閉鎖してしまった。

 その後は、派遣で職場を転々とし無業の時期もあった。ハローワークで紹介されたパソコンスキルを上げる研修や簿記講習も受けたが、就職には結びつかなかった。

「もうすぐ40歳。それまでに何とか正社員になりたい」

 年齢を強く意識し、一歩踏み出した。東京しごと塾で大勢の人の前で話す機会を得たこと、チームを組んでコミュニケーションを図ることで働く意識が高まった。面接の練習では自分が話す姿が録画されてビデオで確認。話す内容はもちろん、ノックして部屋に入る時のあいさつはどうか、面接官と話す時の目線や姿勢はどうかなどを客観的に見ることで改善点が鮮明になったという。何より、自分と似た境遇の仲間と知り合えたことで気持ちが救われた。

「ジョブトレーナーに相談するうち、塾に通い出した頃はモヤモヤとして言葉にできなかったことが、卒業する頃には言葉になっていった。製造業での就職を目指し、ゆくゆくは手に職をつけて頑張りたい」と、男性は展望を語る。

東京しごと塾(筆者撮影)
東京しごと塾(筆者撮影)

自己肯定感を上げる

 政府は就職氷河期世代の支援に乗り出し、19年7月末に内閣官房に「就職氷河期世代支援推進室」が設置され、東京しごと塾のような支援事業が注目される。

 東京しごと塾は東京都の独自事業で、「東京しごと財団」が管理している。実際の企画運営は東京しごと財団から人材ビジネス会社大手のパソナとパーソルテンプスタッフに委託されている。受講期間は2カ月間とされ、1期当たり20人程度の少人数制で実施される。日々の生活に困らないよう都から日額5000円の就職支援金が支給される。受講後3カ月の就職支援と定着支援が行われる。

 具体的にはビジネスマナー、応募書類の作成、面接の練習などを行う。グループを組み、東京しごと塾があらかじめ協力要請した企業にアポイントをとって訪問していく。受講生たちが、自分で会社の特徴などをヒアリング。訪問した企業の仕事内容や特色をパワーポイント資料にまとめて、グループ発表する。最終日は訪問した企業の担当者を招いてプレゼンテーションを行う。

 支援のカギとなるのは、手厚いキャリアカウンセリングだ。ジョブトレーナー1人が受講生5人を担当し、その人が得意なことを見つける。「失敗した」「何をしたいのか分からない」など、それぞれに後ろ向きになっている。ジョブトレーナーは受講生が一歩踏み出せるよう自己肯定感を引き上げる。

 マイナスイメージがつきがちな非正規雇用や無業の期間の長さをポジティブに捉えられるようにするのが、ジョブトレーナーの役割だと前出の海谷さんは説明する。

「マニュアル本には、『ブランクのある3カ月は、人生の目指す方向性を考えていましたと答えよう』と書かれていることが多い。けれど、そこが面接官から突っ込まれるところ。3カ月の間で何を考えたのか求められると、言葉に詰まってしまう。それよりは、“ぼーっとしていました。だから今からその分、頑張ります”と、堂々と言い切ってしまったほうがいい」

 ジョブトレーナーが、「聞かれたくない質問」を一緒に考え、面接の練習をする。そのうえで、東京しごと塾向けの合同企業説明会に参加すると受講生は挑戦する気持ちになるという。東京しごと塾のために求人を出してくれる企業と受講生のグループワークに協力してくれる企業は、常時100社ある。

人口減少が始まった日本では、雇用問題はますます重要に(Bloomberg)
人口減少が始まった日本では、雇用問題はますます重要に(Bloomberg)

育ててくれる企業を探す

 例えばシュークリーム専門店「ビアードパパ」を展開する麦の穂(永谷園グループ)や三菱電機グループの福利厚生部門を担う三菱ライフサービスなど、パソナとパーソルテンプスタッフがそれぞれ毎月20〜30社の求人を開拓。育ててくれる企業を探しているという。

 東京しごと塾が始まった15年度は受講者205人中、86人が就職し、うち正社員採用は45人だった。16年度は受講者182人、就職者171人(前年度の受講生含む、うち正社員は83人)。17年度は受講者159人、就職者176人(同、うち正社員が116人)と成果をあげている。帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査」(19年10月)では、中小企業の「正社員不足感」が約5割を占めている。人手を確保したい中小零細企業とのマッチングが進めば、この世代にも光がさすだろう。

(小林美希・ジャーナリスト)


放置すれば生活保護24兆円

 政府は就職氷河期を「おおむね1993年卒から2004年卒で、19年4月現在、大卒でおおむね37〜48歳、高卒で同33〜44歳」と定義し、その中心層を35〜44歳としている(図2)。政府は35〜44歳の雇用形態の内訳を示し、非正規社員371万人のなかでも、非正規になった理由が「正社員の仕事がないから」という50万人と、非労働力人口のうち「家事も通学もしていない無業者」40万人を含めた100万人を対象に集中支援。今後3年間で30万人を正社員にすると目標を掲げている。

 ただ、政府の示す中心層35〜44歳で考えると問題を見誤る。35〜49歳までの氷河期全体の非正規社員は約600万人に上るからだ。多くのキャリアカウンセラーが「45歳以上の正社員化は難しい」と口をそろえる状態だ。東京しごと塾の17年度の就職決定者の実績を年齢階級別に見ても、30〜34歳が41.4%、35〜39歳が25.0%、40〜44歳が33.6%で全体として30代前半が高く、支援対象は44歳までとなっている。45〜49歳だけで非正規社員は226万人もいて、支援が最も必要かつ困難な40代後半が置き去りになってはいないか。

 都内在住の男性(48歳)は、専門学校を卒業後に正社員入社した旅行会社の業績が傾き、ドラッグストアに転職。店長になったが、長時間過重労働がたたってうつ病になった。その後は、非正規の職を転々とせざるを得なくなった。うつが悪化して現在、生活保護を受けながら職業訓練に通うものの、「もう正社員は無理だろう。かといって非正規雇用の収入では自立できない」と悩む。就職氷河期世代が今後どの程度の賃金を得ることができれば、老後も自立して生活できるか、政府は具体的な考えを持っていない。

 厚労省「生活保護の被保護者調査」(17年度)によれば、40代で生活保護を受けている18万4815世帯のうち生活保護から抜け出たのは、2万2971世帯に過ぎない。そのうち「働きによる収入の増加・取得」によるケースが最も多い8772世帯で約4割を占めるが、次いで多いのが「失そう」(2559世帯)、「死亡」(1702世帯)という結果だ。50歳以降、就労によって生活保護を脱する人数は減り、死亡するまでの受給が激増して70歳以上で7割(4万6341世帯)に上る。

 就職氷河期世代の雇用問題を放置すれば、同世代が高齢者になった時、生活保護費が膨らみ財政破綻を招きかねない。日本総研の下田裕介主任研究員は、就職氷河期世代のうち高齢貧困に陥る可能性があるのが約120万人に上り、生活保護を受給し続けると約24兆円必要になると試算。下田氏は「集中支援は40代後半にも必要だ」と指摘する。

 空前の人手不足のなか、就職氷河期世代のなかでも就職に有利な30代後半を中心に30万人を“正社員”にすることは可能だろう。それをもって実績にしてはならず、40代後半の支援を忘れてはならない。

(小林美希)

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