国際・政治世界経済総予測 2020

香港デモの背後に習近平・父の幻影=遠藤誉

    習近平の仮面をかぶりデモに参加した香港市民(Bloomberg)
    習近平の仮面をかぶりデモに参加した香港市民(Bloomberg)

     香港抗議デモのきっかけは、「逃亡犯条例改正案」にある。逃亡犯条例とは「香港以外の国や地域などで罪を犯した容疑者が香港に逃げてきた時、協定を結んだ国や地域からの要請があれば容疑者を引き渡す」ことを規定した条例で、これまでその国・地域に中国大陸=北京政府は入っていなかった。しかし、条例が改正されれば、中国大陸の裁判所で裁かれることになる。

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     最多で200万人にのぼる香港市民が抗議デモに参加したのは、この改正案の中に込められた「中国共産党が一党支配する政権を転覆しようとする民主活動家の芽を早く摘み取ってしまいたい」という北京政府の狙いに対する香港市民の反発があった。

     ではなぜ、中国建国70周年という中国政府にとっては重要な節目の時期を押し切ってまで改正案を提起したのか。

     それは香港の司法が民主活動家に寛容だからだ。仮に逮捕されても数週間という短い懲役で自由になる。その大きな理由が外国籍裁判官制度にある。

     実は香港の最高裁判所や高等裁判所の裁判官のほとんどが外国人で、外国籍か二重国籍を持った人で占められている(ただし裁判長だけは中国籍香港人)。だから香港で民主運動を起こして香港警察に逮捕されたところで、香港の最高裁判所は民主的価値観を持った外国人が多いので、厳しい判決を出さない。香港政府がどんなに中国、北京政府の言いなりになったとしても香港の民主化の芽を摘むことはできないのである。

     1982年9月、英サッチャー首相と鄧小平の間で香港の中国返還に関して話し合われたが、83年に香港の12人の青年訪中団が、中南海で習仲勛(習近平の父)と面会した。この時に法体系に関して話し合われ、イギリス連邦が主導する「コモン・ロー」体系が採用されることになった。その結果、香港特別行政区の憲法である「香港特別行政区基本法」は、香港の裁判所に外国籍裁判官を置くことを認めると規定している。

     当時の中国大陸はまだ未発展で、中国にとって香港は輝かしい国際都市。外資を呼び込み国際金融センターとしての役割を果たすために、「訴訟が起きた時の裁判は外国人の方が外国企業が投資しやすい」という計算が働き、北京側は英国の主張をのんだのである。しかし、習近平主席は、父が認めたこの外国籍裁判制度をなんとしても空文化したいと思ったにちがいない。

    人民の声が「怖い」

     逃亡犯条例改正案は激化する抗議デモの結果、9月4日には撤回されたが、この背後には9月11、12日に香港で開催されることになっていた〈「一帯一路」香港サミット2019〉を絶対に中止させるわけにはいかないという中国側の思惑があった。香港は一帯一路によるオフショア人民元(中国本土外で取引される人民元)の出口であり、重要な人民元国際化の砦(とりで)だからだ。

     しかし、中国政府はいまも民主活動家を摘み急ぐ姿勢を変えていない。中間所得層が増え、経済的ゆとりが出てくれば人間は発言権を求めるようになる。これだけインターネットやスマホが普及し、どこからでも情報が得られるようになれば意識の改革も起きる。まして世界中の観光客で最も多いのは中国人だ。だからこそ国家的な監視を強め、民主化の芽を早くから摘み取らなければならない。「人民の声」が怖いのである。

     11月24日の香港区議会選挙では民主派が圧勝した。27日にはトランプ米大統領が「香港人権・民主主義法」に署名し同日成立した。同法は、(1)香港に高度な自治を認める「1国2制度」が機能しているか否かを米国政府が毎年検証する、(2)香港で人権侵害などを犯した人物を米国政府が議会に報告し、米国への入国禁止や米国における資産凍結などの制裁を科す、(3)香港政府が再び逃亡犯条例改正案を提案した場合、香港在住の米国人を保護する戦略を米国政府が策定する──といった内容が含まれている。

     香港市民の自由と民主への強烈な渇望や中国共産党による一党支配への激しい抗議は止まらないだろうが、しかし97年に始まった「1国2制度」は50年後の2047年までに終了することは中英間で約束されている。国際社会における約束事なので、それを覆すことは、中国の一党支配体制が崩壊でもしない限り不可能だろう。

     ただ米議会下院は12月3日、中国の新疆ウイグル自治区で、多くのウイグル族の人たちが不当に拘束されているとして、人権侵害に関わった中国の当局者に対し制裁の発動を米政府に求める「ウイグル人権法案」を可決した。

    日本を政治利用する中国

     これら一連の習近平政権に対する抗議表明に関して、イギリスだけでなくフランス、ドイツも米国に肩を並べた。

     だというのに、日本は何をしているのか──。

    対米貿易にも余裕を見せる習近平国家主席(11月5日の上海国際輸入博覧会)(Bloomberg)
    対米貿易にも余裕を見せる習近平国家主席(11月5日の上海国際輸入博覧会)(Bloomberg)

     習主席を2020年春に「国賓」として日本に招聘(しょうへい)しようと必死だ。そのために19年12月23〜25日に成都で開催される日中韓首脳会談に参加する安倍晋三首相は、その前に習近平詣でのために北京に立ち寄り、国賓としての来日を再懇願することになっている。

     習主席を国賓として来日させれば天皇陛下に拝謁することになり、その映像が全世界に流れるだろう。これは習政権の香港やウイグルに対する弾圧を「日本は皇室を含めて肯定します」というシグナルを世界に発することになるのだ。それでいいのか?

     トランプ大統領による厳しい対中制裁で窮地に立たされてきた習主席は日本にほほ笑みかけて、何とかこの窮地を切り抜けようとしている。89年の天安門事件後の西側諸国による対中経済封鎖を最初に破ったのは日本だ。とくに92年の天皇陛下(現上皇陛下)訪中は決定的だった。中国の今日の経済繁栄をもたらした原因はここにある。

     習主席が国賓として天皇陛下に会えば、必ず返礼として天皇陛下訪中を中国は要求してくる。それにより米国の対中制裁をはねつけようというのが習主席の狙いだ。令和最初の天皇陛下ご訪問先が中国になる。これは一種の政治利用だ。安倍首相は踏みとどまるべきではないのか。

    (遠藤誉 中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授・理学博士)

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