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東芝の挑戦 量子並み能力マシンで 金融ビジネスへ=白鳥達哉

    SBMを開発した後藤氏(左)と辰村氏 東芝提供
    SBMを開発した後藤氏(左)と辰村氏 東芝提供

    「もっとも相性がいいのは、金融分野だろう」

     東芝研究開発センターの佐田豊所長が、2人の研究員が作り出した量子技術と独自のアルゴリズムを使って、膨大な選択肢のなかから最適な組み合わせを見つける「組み合わせ最適化問題」を高速で解くシステムの実用領域として、なじみの薄い分野を指定した。為替取引や市場の短期予想に基づく高速取引、裁定取引などに応用できる可能性を見いだしたのである。

     東芝が金融ビジネスに乗り出す──。2019年10月の金融国際情報技術展にデモ機を公開すると、金融業界がざわめいた。

    比較対象が主役に

     16年末、原子力発電事業で巨額損失の計上を余儀なくされ、経営危機のまっただ中に、新システムの萌芽(ほうが)があった。舞台は神奈川県川崎市にある東芝研究開発センター。約1000人の研究者を擁する創業の旧東京電気時代からの研究施設だ。

     主役は、物理学が専門で量子コンピューターを研究する後藤隼人主任研究員とシステム実装の専門家である辰村光介主任研究員の2人である。

     きっかけは、後藤氏が16年に「量子分岐マシン」という新しい量子コンピューター理論を提案したことだった。

     その理論のすごさを証明するために、量子分岐マシンを従来のコンピューター(古典コンピューター)に落とし込んだ「古典分岐マシン」と比べることにした。量子コンピューター理論との比較対象に過ぎなかった古典分岐マシンが、その後の革新的システムになる。研究の副産物が画期的な成果を生むことに──。

     その後、後藤氏は他社の量子コンピューターの研究発表会の懇親会で辰村氏とばったり出会う。初対面であいさつを交わす程度だったが、その後しばらくして後藤氏が辰村氏のもとを訪れ、「他社よりも自分が提案した理論の方が速い、辰村さんが実装してくれたら勝てる」と、自信たっぷりに言い切った。

     理論を詳しく聞くと、「確かに後藤さんの考えた理論のほうが、処理スピード速いのではないか」と、辰村氏も納得。ここから共同研究が始まった。17年、厳しい夏の盛りだった。

     18年の秋からは、応用分野の検討が始まったが、金融ビジネスへの応用を確信した佐田所長の行動は早かった。旧知の世界銀行幹部に相談したところ、「すぐに金融庁に相談に行くべきだ」と背中を押された。

    金融庁の期待

     後藤、辰村の両氏を伴って佐田氏が金融庁を訪れると、幹部は話に聞き入った。そして、邦銀と米銀のITエンジニア率を比較し、次のような問題意識を示したという。

     従業員に占めるITエンジニアの比率が米銀が29・7%に対して、邦銀はわずか3・7%。世界におけるフィンテック(金融とITの融合)の日本の存在はほぼゼロだ。エンジニアを大量に抱える製造業が、フィンテックの担い手になるのかもしれない──。

    「期待されている」。佐田氏らは手応えを感じた。そこから後藤氏、辰村氏による精力的な研究・開発が続き、19年春、後藤氏の理論をもとに、コンピューターのプロである辰村氏が専用計算機に実装してできたのが、「シミュレーテッド分岐マシン(SBM)」だ。

    SBMを組み入れた高速取引マシンのデモ機 東芝提供
    SBMを組み入れた高速取引マシンのデモ機 東芝提供

     SBMの実証実験の結果は、衝撃的だった。当時、世界最速とされていた「コヒーレント・イジングマシン」と比較して、約10倍の計算速度を出すことに成功。円、ユーロなど八つの通貨間の15ペアを30マイクロ秒(マイクロは100万分の1)で分析し、利益率が最大にできる取引を9割以上の確率で発見した。

     2倍の16通貨間を全結合(16×16=256通り)で分析した場合でも35マイクロ秒で計算でき、処理能力にはまだ余力もある。為替取引だけでなく、市場予測やリスク管理のシステムへの応用も期待できる。

     後藤氏の考えた理論は、他の方式に比べて計算量が少ないわけではない。重要なのは、どこまで複数の計算を同時に行えるか、つまり並列度の大きさだ。

     従来の方式がNの並列度しかなかったのに対して、後藤氏のアルゴリズムはNの2乗の並列度があることが大きなポイントとなっている。

     為替取引以外にも、約2000銘柄で構成する東証株価指数(TOPIX)の値動きを、そのうち500銘柄で再現することにも成功。TOPIX連動の運用をより効率的にできる可能性を示した。

     金融以外にも、最速瞬時最適組み合わせ発見機能は、創薬や道路の経路探索、工場内ロボットの配置など、さまざまな分野に応用できる可能性を秘める。カナダのDウェーブ社などが開発する量子コンピューターと比較しても、大型冷凍機などの特殊な設備が不要で、システムは「タクシーで持ち運びできる」(辰村氏)手ごろさも売りだ。費用も100万円以内で賄える。

     東芝はこのアルゴリズムを使ったシステムで、本格的に金融業に乗り出すための人材を19年秋以降、募集し選考中だ。

     辰村氏は「我々製造業と金融業とでは、時間軸が違う。じっくり腰を据えて取り組んでくれる意欲的で挑戦心にあふれる人と一緒に開発していきたい」と、今後の抱負を語る。金融の近未来を担うのは、日本の製造業かもしれない。

    (白鳥達哉・編集部)

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