大企業より起業 「変革」に挑むエリート=市川明代/加藤結花
<日本を救う大学ベンチャー>
「10年先、何をしているかは分からない。常に挑戦し続け、社会にインパクトを与えていきたい」
昨秋、東京大生産技術研究所を辞め、地元の新潟で高校の同級生と「醸燻酒類研究所」を立ち上げた樋口啓太氏は言う。ビールの製造販売会社ではあるが、真のミッションは醸造の効率化。東大で蓄積した技術を生かし、誰もが簡単に好みのビールを造れるようにするという。
金沢工業大卒業後、東大大学院の暦本純一教授の下で人間とコンピューターとの相互作用を考えるヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)を研究。生産研で特任助教を務めた。
博士課程在学時の米ペンシルベニア州・カーネギーメロン大学留学中、クラフトビールの奥深さを知り、日本にも醸造文化を根付かせたいと考えた。
「ビール醸造は複雑で、全自動化は難しい。醸造家の意思決定を助けるのに、HCIの技術が生きるはず」。トヨタ自動車なども出資する、いま最も注目される東大発AIベンチャー、プリファード・ネットワークス(PFN)にも加わり、当面は二足のわらじで奮闘する。
「腕一本」で生きる覚悟
トップクラスの大学で技術を身につけた若者が、いわゆる「大企業就職」ではない道を歩み始めている。「彼らは腕一本で生きる自信と覚悟がある。最先端に身を置き、学び、変化していくことが、一番リスクの小さい生き方と考えるのではないか」。東大でベンチャー支援を担う各務茂夫教授は言う。
経済産業省によると、大学発ベンチャーの創出数は東大が1位で271社。ペプチド創薬の基盤を築いたペプチドリーム、バイオディーゼル燃料の実用に取り組むユーグレナなど11社が上場する。創出数は経産省の定義によるもので、大学によると「400社近くはある」と言う。2位京都大、3位筑波大、4位大阪大と続く。
阪大はドアノックで発掘
東大は04年、法人化に伴い大学初のベンチャーキャピタル(VC)、東大エッジキャピタル「UTEC(ユーテック)」を設立。約540億円を運用し、民間投資の対象になりにくいシード、アーリー段階から支援してきた。起業に必要な知識を講義するアントレプレナー道場、貸し施設も設けた。
国は12年度の補正予算で、ベンチャー支援を目的に東大のほか京都大、大阪大、東北大に計1000億円を出資し、4大学はこれを原資に独自のVCを設立した。「連携」をキーワードにベンチャー支援を進めるのは大阪大だ。100%出資子会社の大阪大学ベンチャーキャピタルに加え、ジャフコや三菱UFJキャピタルなど関東の有力VCを含む約20社のVCを「連携VC」と呼び、協調体制を取る。有望な研究室をドアノックして将来性のある研究成果を能動的に発掘し、市場調査費などを助成する。
なぜ、大学は学生たちのベンチャーマインドを後押しするのか。各務教授は言う。「いまの東大の役割は、先頭を切って変革にチャレンジする人材を送り出すことだ」。
ただ、ペプチドリームも時価総額は7000億円。米国のベンチャーと比べ規模は小さい。優秀な若者が生み出すイノベーションの芽を、世界に誇れる大輪の花に育てる環境作りが不可欠だ。
(市川明代・編集部)
(加藤結花・編集部)