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DeepX(ディープエックス) 代表取締役CEO 那須野薫 松尾研発、技術を社会に還元する

DeepX創業者の那須野薫氏(左)と冨山翔司氏
DeepX創業者の那須野薫氏(左)と冨山翔司氏

 <総力取材 大学発ベンチャー 「創業ストーリー」>

AIを活用した機械制御技術の開発

 大学発ベンチャーの創出数が271社(経済産業省の2018年度調査)と最多の東京大学。中でも日本の人工知能(AI)研究をけん引する松尾豊・工学系研究科教授の研究室は、他を圧倒している。これまで誕生したベンチャーは、ディープラーニング(深層学習)による機械の完全自動化を目指すDeepX(本社:東京都文京区、代表取締役CEO:那須野薫)など約10社に上る。

現場で検証を繰り返す(DeepX提供)
現場で検証を繰り返す(DeepX提供)

完全自動化に挑む

 掘削、解体、積み込み……。土木建築現場や災害現場で使われる油圧ショベル。ぬかるんだ不安定な場所や崩落の恐れのある場所での操縦には危険も伴う。深刻な人手不足を背景に、遠隔操作の技術開発が進められているものの、油圧の制御や常時変化する土の状態の把握には熟練の技と経験が必要で、いまだ完全自動化には至らない。17年に建設準大手のフジタから依頼を受けて以来、DeepXはこの難題に取り組んできた。「あらゆる機械を自動化する」。それが、会社の掲げるミッションだ。

 11年春。工学部の3年生だった那須野氏は、数人の仲間を集めてウェブプログラミングに熱中していた。東日本大震災の影響で授業開始が1カ月遅れ、時間を持て余していた。「当時はウェブ開発ができればマーク・ザッカーバーグ(フェイスブック共同創業者兼会長兼CEO)になれると言われていた」。1年後、ウェブ開発で先頭を走っていた松尾研究室に入った。

 研究室では、ウェブログ解析、ビッグデータ解析、そして、松尾教授がいち早く取り入れたディープラーニングの技術を身につけた。修士課程に進み、なんとなく就職活動を始めると、松尾教授にこう説かれた。「アカデミアの技術は、社会に還元されなければ意味がない。起業しなさい」。

 AIやデータサイエンスの技術を必要とする現場は山ほどあった。広告配信をシステム化したアドテクノロジーやフィンテックなど、起業の切り口も無数にあった。だが「どれもいまひとつ『腹落ち』しなかった」という。「金融なら、次の株価を予測して、高くなる前に買って……。数字を追いかけて高い精度を追求する、それ自体はゲーム感覚で楽しいけれど、楽しい以上の何かがあるわけではない」。起業するなら、社会に貢献したいという強い思いがあった。

 日本ディープラーニング協会の理事長でもある松尾教授は当時、ディープラーニングの利用や人材育成の必要性を説くため、年間100回近い講演をこなしていた。時々同席していた那須野氏はある時、参加企業から重機の自動化に関する相談を受ける。これが、起業のヒントになった。「働き手不足を解決する方法は、自動化しかない。データがものをいうソフトウエアの世界はwinner−takes−allで、誰かが新しいことを始めても、データを牛耳るグーグルやフェイスブックが手を広げた途端、他はバタバタ倒れていく。唯一、日本にチャンスがあるとしたら、ものづくり産業との掛け合わせではないか」──。

 腹が固まった。後輩の冨山翔司氏を加え、16年4月に起業。そして翌17年、フジタとの共同プロジェクトを開始した。

 だが2人とも、ハードウエアに関してはほぼ素人だった。役に立ったのは工学部の人脈だ。カメラや機械工学に詳しい友人たちからレクチャーを受けた。何度も現場に足を運び、何万枚もの画像を撮影して重機の動きを把握した。あらゆる現場の状態を想定し、シミュレーションを繰り返して学習させていく。現場で検証して問題があれば改善を図った。「機械化が進む中で唯一、自動化が困難とされてきた領域に挑んでいるのだから、簡単なはずがない。でも少しずつ着実に進んでいる」という。

 DeepXはこのほか、京都の食品製造機械メーカー「イシダ」と、パスタなどの不定形の柔らかい食材を盛り付けるロボットの開発に取り組む。「どの業界も、その分野で勝ち残っていくためには先行投資をするしかない。その一歩を踏み出す覚悟のある企業と組んでいる。成功例を増やしたい」。

(注)敬称略 (出所)編集部作成
(注)敬称略 (出所)編集部作成

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松尾研ネットワーク

 松尾教授は、研究室のミッションの一つに「ベンチャー創出」を掲げる。「それだけのポテンシャルを持っていながら、起業せずに大企業に進むのはもったいない。若いうちは何度でもやり直しが利く。チャレンジすべきだ」と起業を促す。

 12年11月創業のGunosy(グノシー)は、高専から東大に編入し、松尾研に加わった関喜史氏が、学部同級生の福島良典氏(18年7月までCEO)らとともに作った。情報キュレーション・ニュース配信サービスの先駆けで、15年4月にスピード上場を果たした。

 同じ12年に、東大工学部出身でボストンコンサルティンググループを経て松尾研に加わった上野山勝也氏がPKSHA(パークシャ)テクノロジーを創業。主な事業は機械学習、言語解析技術を用いたアルゴリズムソリューションの提供で、17年9月に上場している。

 17年にはAIの人材育成・総合研究所のNABLAS(ナブラス、CEO:中山浩太郎)、ヒューマンセンシング・画像認識のAIアルゴリズムを開発するACES(エーシーズ、代表取締役CEO:田村浩一郎)が誕生。18年にはAIによる自然言語処理サービスを提供するELYZA(イライザ)を曽根岡侑也氏が創業し、法律事務所とAIによる業務効率化の実証実験に取り組んでいる。

 産学共同研究に力を入れ、常時7〜8社のプログラムが動いている松尾研。投資資金や助成金を管理する「金庫番」ともいうべき役割を担うのは、ボストンコンサルや急成長ITベンチャー「じげん」を経て松尾研に加わった田添聡士氏だ。前任のパークシャ・上野山氏が上場を前に多忙を極め、ボストンコンサル時代に付き合いのあった田添氏に声をかけた。

松尾研の様子(松尾研提供)
松尾研の様子(松尾研提供)

 テレビやネットメディアにも引っ張りだこの松尾教授は、学生の間でも人気が高い。研究室は狭き門。逸材が集まり、時々顔を出す同世代の起業家たちから刺激を受ける。田添氏が3年間、研究室を見てきた中で、いわゆる大企業に就職したのは15〜16人中、たった1人だという。

 もちろん、全員が起業やベンチャーへの就職を選択しているわけではない。博士課程へ進み、最先端の基礎研究に取り組む人も増えている。「ポスドク(ポストドクター、博士研究員)は恵まれないと言われてきたが、AI人材はいま、グーグルをはじめいくらでも受け皿がある。将来に不安を感じることなく、安心して研究できるのだと思う」と田添氏は言う。

松田尚子氏
松田尚子氏

起業に目覚める社会人

 松尾研には、AIの先端技術を学ぼうとやってくる社会人も少なくない。昨年、18年間勤めた経済産業省を辞めてAIベンチャーのbestat(ビースタット)を創業した松田尚子氏もその一人だ。

 05年の米コロンビア大学留学中にAIに出会い、帰国後、働きながら松尾研で学んだ。経済産業研究所在籍中の14年に工学博士を取得。退職金を起業資金に充てた。古巣では地域経済や中小企業の新事業促進などを担っていた。「AIと出会い、こんなにいいものを広めない手はないと思った。ただ研究者として勧めているだけでは歯がゆく、自ら導入を支援したくなった」という。

 主な事業は企業のAI導入支援と技術指導。創業から1年半でスタッフは7人になった。うち5人は若手エンジニアだ。「過去にAIを導入した企業から、『期待外れだった』という話をよく聞く。長い目で見ていかないと技術は根付かない。まず使ってもらって、時間をかけて一緒に良いシステムにしていきたい」。

(編集部)

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