次の10年で決着 新市場の勝者と敗者=大堀達也/村田晋一郎
「過去10年のメガトレンドはスマートフォンをはじめとするモバイルだったが、次はモビリティー(クルマ)になる」
1月7~10日、米ラスベガス市に155カ国4500社が集まった世界最大級の技術見本市「CES2020」で、自動運転システム搭載の電気自動車(EV)を披露したソニーの吉田憲一郎社長は、自動車関連事業の拡大に向けて意欲を見せた。
スマホからクルマへ
毎年、年初に開かれるCESは、数年先までの産業動向を占う場だ。薄型テレビ、スマホなど、過去に市場が急成長した技術分野は、世界に先駆けCESで新技術が発表された。
2010年代以降は自動車関連の出展が年を追うごとに増えている。家電中心だったCESに11年、米フォード・モーターが初出展し、13年にトヨタ自動車が自動運転のデモを行った。15年に注目を集めたのが半導体大手の米エヌビディアが出展した自動運転システム。そして今年、ソニーがクルマへの本格参戦を表明した。
自動車関連の出展が増えた背景には、クルマに起きている「100年に一度の大変革」がある。それは、(1)C=コネクテッド〈インターネットとの接続〉、(2)A=オートノマス〈自動運転〉、(3)S=シェアリング〈共有〉、(4)EV〈電動化〉を合わせて「CASE(ケース)」と呼ばれる。CASEは巨大なビジネスチャンスだ。
過去にネットビジネスで米IT企業の後塵を拝したソニーは、クルマで巻き返しを図ろうとしている。今回の車両開発のプロジェクト名は「VISION-S(ビジョン・エス)」。試作車は自動ブレーキや自動車線変更など先進運転支援システムを装備。人や障害物を検知するカメラ用センサー(CMOS(シーモス))など数種類のセンサーを30個以上搭載する。ソニー渾身(こんしん)の次世代車の周りには、来場者の長蛇の列ができていた。ある日系大手自動車メーカー関係者は「ソニーがメガサプライヤーと呼ばれる大手部品企業と組めば、すぐに完成車メーカーになれる」と目を見張った。
ソニーはCMOSで世界シェア50%と首位だが、その多くはモバイル向けだ。スマホ市場が成熟した今、次の成長分はクルマになると見ている。ソニーの狙いは“車載デバイス(部品)”を売ることだ。
今年のCESにはCASEに商機を見いだす日本企業の初出展が相次いだ。京セラは歩行者をAIで検知するカメラ、ブリヂストンはタイヤの摩耗や荷重を測定するセンサーを発表。クルマの“メガトレンド”はすでに到来している。
日本自動車工業会によれば、日本の自動車製造品出荷額(17年)は60・7兆円と全製造業の19%を占める産業の屋台骨だ。デロイト トーマツ コンサルティングの試算では、世界自動車産業全体の総付加価値は15年の約450兆円から30年には約630兆円に上り、約180兆円の増加が見込まれる。内訳を見ると、特に伸びが大きいのが「素材・部品」(59兆円増)、そしてテレマティクス(クルマでさまざまなコンテンツを楽しむ)やシェアリングなど「利用」(39兆円増)だ(図)。一方、完成車は26兆円増加するが、全体に占める比率は23%から20%に低下するとしている。
CASEが生む構造変化
この試算が意味するのは、CASEが自動車業界の構造、とりわけ完成車メーカーの地位を根底から揺さぶっているということだ。ソニーの試作車は象徴的だ。ビジョン・エスの車両は、設計で独ボッシュ、独コンチネンタルの知見を取り入れ、製造はカナダのマグナ・インターナショナルの子会社マグナ・シュタイヤー(オーストリア)が手掛けるなど、開発段階で世界の大手部品が集結した。
これらメガサプライヤーは自動車を製造できる力を持っている。特にガソリン車に比べ部品数が少ないEVは、製造のハードルが下がると見られ、今後メガサプライヤーの中には、委託者のブランドで生産(OEM)に乗り出す会社が出てくるもしれない。センサーを多数搭載した高価格のスマートEVだけでなく、「ファースト(またはラスト)ワンマイル」と呼ばれる近距離移動の需要の高まりを受けた低価格の小型EVも含め、大手自動車以外の電機メーカーなどが量産する可能性も十分ある。
一方、自動運転は、歩行者が混在する公道での完全自動運転(レベル5)は難易度が高く実現はまだ先と見られる。しかし、高速道路、大学や工場などの私有地、無人バス専用車線など整備された低速環境では、すでにレベル5が実用段階にある。
こうして電動化や自動運転、コネクテッド化が進展すると、将来は“移動事業会社が遠隔で運行・管理する自動運転EV”が、公共交通とともに人々の主要な移動手段になると見られる。
自動車の世界販売台数は21年以降に1億台を突破すると予想されるが、そこでは個人が所有するクルマが減少する半面、カーシェア事業や無人バス・タクシーを展開する事業者が大量に保有する時代が来るだろう。世界的なカーシェアやライドシェアの機運に表れているように、クルマの利用者の意識は、ステータスとしての「所有」から「移動手段」へと変わりつつある。
従来、所有してもらうために付加価値を高めることで販売台数を伸ばしてきた自動車メーカーは、既存のビジネスモデルの見直しを迫られている。
トヨタは「未来都市」建設へ “総合モビリティー企業”目指す
自動車メーカーが生き残るには、市場の変化に合わせたビジネスモデルの軌道修正が必要だ。
自動車の枠を超えた投資を加速しているのがトヨタだ。トヨタは今回のCESで「スマートシティー」の構想を発表した。スマートシティーとは先進技術を活用し、高齢化や環境負荷などの課題解決を図る機能を備えた街だ。
トヨタは20年末に閉鎖する東富士工場の跡地約70万平方メートルを活用して、クルマと街がつながるコネクテッド・シティーとして実証実験都市「WovenCity(ウーブン・シティ)」を建設する計画を打ち出した。21年の着工を目指す。その中では自動運転車が走り、各家庭には家事をこなすロボットも導入する。
自動車業界に詳しいA・T・カーニーの阿部暢仁プリンシパルは「コネクテッド化で移動や交通のデータ共有が進むと、例えば、交通の需要・供給に応じて道路料金を変え需要の調整を図るダイナミック・プライシング(動的価格設定)が可能になり、全体の移動効率を上げることもできる」と指摘する。街全体のエネルギー効率を向上させる“環境配慮型”の街は究極のスマートシティーだ。
雇用生まないITに勝つ
CASEが自動車業界にもたらす変化の先を読んで、トヨタは“モビリティー(移動)の総合サービス企業”への転換を目指す。
しかし、世界を見渡すと、さらに巨大な資金を持つグーグルやアップルといった米IT企業も、同様にスマートシティー構想を急ピッチで進める。
「自動車革命」の終着地点では、スマートシティー建設で業界の垣根を越えた競争が待ち受けている可能性がある。
ただ、トヨタの取り組みを見る限り、“製造業に比べると雇用を生まないIT”路線とは一線を画す「新たな成長路線」を探っているようにも見える。それをうかがわせるのがトヨタの米国子会社でベンチャーへの投資事業を行う「トヨタAIベンチャーズ」の出資先企業だ(表)。これを見ると、自動運転とともにロボット関連のベンチャーが目立つ。
トヨタはヒューマノイド(人型)ロボットの開発も進めるが、将来、同社の主力製品がクルマから、現在はまだ登場していない量産型の家庭用ロボになったらどうか。“ロボットの生産”ではITを駆使した無人工場など「インダストリー4・0」と呼ばれる製造革命の進展で多くの人手を必要としないかもしれない。しかし、ロボットのメンテナンス要員のほか、ロボットに仕事を学習させ、あるいは新機能を付与するトレーナーや技術者などロボ関連で新たな雇用が生まれるかもしれない。
「総合サービス企業へ転換」の成否は、CASEという大波をどう乗り越えるかが試金石になるだろう。
(大堀達也・編集部)
(村田晋一郎・編集部)