テクノロジーAIチップで沸騰! 半導体

ファーウェイ AIチップ「キリン」 米国と対峙可能な「東の横綱」=豊崎禎久

    ファーウェイの5G対応スマホに搭載のAIチップ「Kirin990 5G」の看板写真(Bloomberg)
    ファーウェイの5G対応スマホに搭載のAIチップ「Kirin990 5G」の看板写真(Bloomberg)

     中国通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)の半導体設計能力はいまや世界一だと筆者は認識している。同社が昨年9月に発表した、5G(第5世代移動通信システム)対応のスマートフォンに搭載されるAI(人工知能)チップ、「Kirin(キリン)990 5G」などの公表資料を分析した結論だ。すでにインテルやクアルコムなど米国勢を凌駕(りょうが)している。本稿ではその詳細を明らかにしたい。特集:AIチップで騒然!半導体

     キリン990 5Gは、ファーウェイ子会社ハイシリコンが設計した。同時に発表した4G向けの「キリン990」と合わせ、スマホ向けAI専用回路のNPU(ニューラル・プロセシング・ユニット)を備えているが、キリン990 5GのNPUはキリン990に比べ、データ処理の伝送効率をさらに上げているという。

    (出所)DIGITIMES Research
    (出所)DIGITIMES Research

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     NPUは人間の脳の神経回路の仕組みを模倣し、画像や音声などビッグデータの仕組みを多段階で学習するもので、キリン990 5Gやキリン990のNPUはハイシリコンのオリジナルだ。すでに発売されているファーウェイの最新スマホ「Mate30」シリーズに搭載されている。ハイシリコンは工場を持たない回路設計企業として急成長を続けている(表)。

     現在、スマホにおける最大の差別化のポイントはカメラの性能だ。目標はいかに一眼レフなどレンズ交換式カメラの画質に迫ることができるか。NPUを搭載したスマホでは、画像処理をAIに実行させるISP(イメージ・シグナル・プロセッサー)と呼ばれる仕組みが確立しており、従来のスマホが苦手だった夜間の映像でノイズ(画像の乱れ)を低減して補正を掛けたりすることが可能だ。

    日本の技術者スカウト

     ファーウェイがこれを実現したノウハウは、日本の光学機器メーカーから技術者をスカウトして導入した。具体的には、「電子の眼」に当たるイメージセンサーと、カメラで「画(え)作り」を担う画像エンジンとの信号の受け渡しに関するノウハウだ。光学技術に強い日本が抱えていたもので、海外勢が手に入れられなかった技術だが、ファーウェイに渡ってしまった。アップルなどは喉から手が出るほど欲しいはずだ。

     その信号処理の部分をどう高速化し、最適化するかという点に関しては、AIにどんどん学習させればよい。最適解を出す精度が高まるためで、AIを活用する最大の利点といえる。また、キリン990は7ナノメートル(ナノは10億分の1)の微細加工技術を用いているが、5G用はEUV(極端紫外線)による露光技術で製造しており、4G用はEUVの前世代の露光技術であるArF(フッ化アルゴン)液浸装置を使用しているとみられる。

     キリン990 5Gの驚きはこれだけではない。米インテルですら開発に苦戦した、5G対応のモデム(デジタル信号とアナログ信号を相互変換する部品)とRF(無線周波)部品の統合を実現している。米アップルは、5G対応の新型iPhoneに搭載するモデムとRFの統合部品をインテルから調達しようとしたが、インテルが苦戦したため苦渋の選択として知的財産分野で係争していたクアルコムと昨年4月に和解した。

     また、キリン990 5Gとキリン990という、二つのSoC(システム・オン・チップ=装置やシステムの動作に必要な機能のすべてを一つの半導体チップに実装したもの)を同時期に開発したことも驚きだ。技術者として、またアナリストとして30年以上、半導体産業に従事してきた筆者の経験でいえば、二つのチップを同時に開発することなど従来の常識ではあり得ない。

     インテルでは、新しいCPU(中央演算処理装置)を開発する場合は、社内の「Aチーム」と「Bチーム」にプロセス開発を競い合わせ、完成度の高いほうを選択する仕組みだ。筆者が知る限り、商用開発でSoCを二つ同時に走らせることは聞いたことがない。それだけ、ハイシリコンにはヒト、モノ、カネの経営資源があるということだ。

     5G用チップは4Gの通信網でも使える。一方、5Gが不要なユーザー、5Gインフラが未整備な市場向けには、4Gに最適化されたチップを載せればいい。不必要な機能を加えなくて済む分、コストも安く抑えることができる。

    クラウド用も脅威

     ファーウェイのAIチップの強みはスマホ用だけではない。昨年8月下旬に発表した機械学習用のAIチップ「ASCEND(アセンド)910」は、クラウドのサーバー用に開発されたものだ。スマホなどエッジ(端末)にはキリン、クラウド側ではアセンドを打ち出すことで、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に対して正面から対抗すると宣言しているのだ。

     このアセンドも、CPU同士をつなぐ高速インターフェースを自前で規格化したことが驚きだ。スーパーコンピューターを含めて現代のコンピューター設計では並列処理(特定の計算処理を細分化して同時処理する方法)が前提になっており、CPU間の通信速度が決め手となる。これを自前でできると公表しているのはインテルくらいだろう。米グーグルやフェイスブックも手掛けているだろうが、表だって明らかにしていない。

     インテルやGAFAといった米国勢と、ファーウェイを含めた中国勢とのAI技術開発競争では、AIの精度を向上させるデータの収集能力が決め手になる。そこで有利になるのが中国だ。

     個人データ保護を強化する政策では欧州が先行し、日本や米国も追随せざるを得ないが、中国にはそうした制約がない。個人情報を吸収して、AIに無制限に「教師データ」を学習させることが可能な社会システムなので、結果的にAIの認識精度が向上する。学習成果をハードウエアとソフトウエアに反映させることができれば、AIを実装したチップサイズをさらに小さくすることが可能だ。

     中国がAIとAIチップでも世界のトップを走ることは確定的だ。相撲に例えるなら、番付上位の「東の横綱」が中国で、「西の横綱」が米国だろう。

    (豊崎禎久・アーキテクトグランドデザイン ファウンダー&チーフアーキテクト)

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