INTERVIEW 中村維男(東北大学名誉教授、スタンフォード大学客員教授) 技術的課題を乗り越える「マーチングメモリー」考案
DRAM速度の1000倍も可能
現行型コンピューターの最大の課題はメモリーへのアクセス速度。その制約を解消する可能性を持つ新型メモリーの発明者に可能性を聞いた。 特集:AIチップで騒然!半導体
(聞き手=浜田健太郎/岡田英・編集部)
コンピューターは近年、大きな技術的課題に直面している。それはDRAM(ディーラム)(記録保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)に代表されるメモリーの処理速度が遅いことだ。CPU(中央演算処理装置)だと、半導体の集積密度が1~2年で2倍に上がる「ムーアの法則」が示すような飛躍的な性能向上を遂げてきたが、DRAMはそうなっていない。
半導体チップが同時に扱えるデータ量を「帯域幅」と呼ぶが、現状ではCPUの帯域幅に対してメモリーの帯域幅は格段に遅い。CPUはメモリーに格納されたプログラムに従って計算を実行するが、メモリーの読み出しと書き込みのアクセス速度がCPUの性能向上についていけていない。このことがコンピューターの性能向上を阻むボトルネック(制約要因)になっていることは専門家の間で広く認識されている。
問題解決のために私は、米スタンフォード大学名誉教授のマイケル・フリン博士と共同で、アクセス速度を飛躍的に引き上げる「マーチングメモリー(MM)」と呼ぶ仕組みを考案し、2016年に中核となる特許を取得した。関連特許は約20にのぼり、米国、欧州、日本、中国などの主要国・地域で取得済みだ。MMではDRAMに比べてデータの処理速度を1000倍程度には引き上げることが可能なほか、消費電力や命令を実行するプログラムも大幅に抑制することができるだろう。
データが「一列で行進」
MMがなぜメモリー性能を大幅に改善できるのかを理解するには、DRAMがどのような仕組みで動いているのかを知る必要がある。CPUがメモリーの中に置かれたプログラムを実行するデータは、その最小単位ごとに「何丁目何番地」に相当する「住所」が与えられている。CPUがぞれぞれの住所にデータを取りに行く際の「手続き」が複雑な上に、電気の消費量も大きくなるという課題がある。
MMの場合、DRAMとはまったく違う構造でアクセスを実行する。その内容を一言で言い表すのは難しいが、蓄積データが一列に行進しているように動くと考えてもらえればいい。その様子が軍隊の行進にも例えられると考え、フリン博士が「マーチング」と名付けた。あるいは、ベルトコンベヤーに乗ってデータがCPUに向かって動いていくようなイメージだ。
MMの発明では、新しい素材や製造技術のブレークスルー(革新)があったわけではなく、最も一般的な素材のCMOS(シーモス)(相補型金属酸化膜半導体)の技術を使っている。コンピューター内部のデータ処理の原理を真に理解している研究者にとってみれば、「コロンブスの卵」のような着想を得て考案した新しいメモリーといえる。
米半導体メーカーと協議
MMの実用化では企業の協力が必要だ。1年前からある米大手半導体メーカーと協議をしている。ただ、CPUからメモリーの構造をゼロから変える必要があるので、相手側も慎重に検討する必要があるのだろう。開発を促すためにも、私はMMと、NAND型フラッシュメモリーと同様に「不揮発性」(電源を落としてもデータが残る)の次世代メモリーであるMRAM(磁気抵抗メモリー)を組み合わせた新しい設計を提案している。CPUの後方に高速処理を担うMMを配置し、MMの後ろ側にMRAMを置くものだ。既存システムの一部改良ではなく、まったく新しいシステムになるだろう。
実は2年前にある日本の大手電機メーカーがMMを試作し、想定通りの測定値を得たのだが、社内事情により開発が進展しなかったのは残念だった。5G(第5世代移動通信システム)用のスマートフォンや基地局、AI(人工知能)の精度を高める機械学習など、コンピューターと名の付くものはすべてメモリーがネックになっている。したがってMMへの潜在需要は膨大だ。(談)
■人物略歴
なかむら・ただお
1944年山口県生まれ。72年東北大学大学院工学研究科(電子工学専攻)博士課程修了(工学博士)、88年東北大学教授、94年からスタンフォード大学客員正教授を兼務。2007年からは慶応義塾大学教授も兼務。