経済活動の規律が一変 4月施行のインパクト=市川明代
<契約のルールが変わる! 民法改正>
日常生活や経済活動、家族関係などの基本的なルールを定めている民法。そのうち、契約などに関する「債権法」と呼ばれる部分(民法第3編「債権」)が約120年ぶりに抜本改正され、4月1日にいよいよ施行される。これまで判例の蓄積や解釈で補ってきた要素を明文化したほか、さまざまな新しい概念や規制も導入される。誰しも身近に関わる契約だけに、主要な改正点はしっかりと押さえておきたい。
改正民法の施行を目前に控えた2月5日、契約に関する一つの判決が出た。ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営するゲームサイト「Mobage(モバゲー)」の利用規約について、埼玉県のNPO法人「埼玉消費者被害をなくす会」が消費者契約法に違反しているとして使用差し止めを求めた訴訟で、さいたま地裁は利用者側が不利になる不当な免責条項があると判断し、一部条項の差し止めを認めたのだ。
「不明瞭」な約款否定
主な争点となったのは、「他の会員に不当に迷惑をかけたと当社が判断した場合」に会員資格を取り消すことができるとしたうえで、「当社の措置により会員に損害が生じても、当社は一切損害を賠償しない」とした条項の有効性だ。モバゲーの利用者から「突然利用停止になって返金もされないが、理由を問い合わせても答えてもらえない」といった苦情が相次いでいた。
今回の判決は、「不当に迷惑をかけた」という文言について、DeNAが会員資格取り消しなどを「判断」するに当たって「明瞭性を欠く」と指摘。自社に有利なように解釈して運用している疑いを免れない、と認定した。原告の長田淳弁護士は「内容が曖昧な条項について、事業者側が一方的に有利な解釈をすることに限界があると判断された。民法改正で今後は、事業者間の約款でも曖昧な条項をなくす必要が出てくる」と話す。
モバゲーの利用規約のような約款は、他にも保険や電気、ガス、旅行など幅広いサービスで使われている。ただ、こうした約款には細かな文字が大量に並び、契約の相手方がすべてを理解しているとは限らない。約款はこれまで民法に定めがなく、判例や解釈を積み重ねて法的効力を認めてきたほか、電気事業法や旅行業法などで個別に規定したり、消費者契約法で消費者側に不当な条項の効力を否定したりしてきた。
今回の民法改正では、こうした約款について「定型約款」として事業者間取引にも適用できるよう一般化したうえで、さまざまなルールを設けた。契約の相手方が一方的に不利になる条項は「合意しなかったとみなす」とする規定も盛り込まれており、今後はソフトウエアライセンス規約や企業向け保険約款といった事業者間取引の約款も幅広い見直しが避けられない。
保証会社に商機拡大
改正民法の施行を控え、企業の法務担当者なども対応に追われている。1月末、東京・六本木。TMI総合法律事務所が開催した民法改正を踏まえた契約書作成のセミナーには、さまざまな業種の法務担当者らが詰めかけた。「(納める商品やサービスの)品質が契約に適合しているか否かは、後に意見が食い違い、争いになりやすい。仕様書などでしっかり特定しておくことが大事ですよ」。講師を務める滝琢磨弁護士の声が響く。
今回の民法改正では、売買・請負契約の「瑕疵(かし)担保責任」が「契約不適合責任」に置き換わる。納めた商品やサービスで事後に欠陥(瑕疵)が見つかった場合、「瑕疵の有無」ではなく、「目的物の種類や品質、数量が契約に適合しているかどうか」が問われることになった。特に、この「品質」の定義が契約上、曖昧だと、後々トラブルになりやすく、契約書の内容次第で自社に有利にも不利にもなりうる。
今回の民法の改正点の多くは、民法の規定より当事者間の合意(契約)が優先する「任意規定」だ。しかし、改正の内容を踏まえていないと契約が無効になる「強行規定」もある。その重要なポイントが「個人保証人の保護」であり、改正民法では個人が根(ね)保証(将来発生する額が不特定な債務に対する保証)の保証人となる際、上限額(極度額)を定めなければならなくなった。
保証人契約に極度額を設ければ、その大きさに驚いて保証人のなり手が減ることが見込まれる。これによって事業機会が拡大しそうなのが保証会社だ。青森県の八戸市立市民病院は、患者の入院時に求めている連帯保証人について「極度額の設定などで病院の事務作業負担が重くなる」などとして、昨年10月に連帯保証人代行制度を導入。総合保証会社のイントラスト(東京都千代田区)と提携した。
患者に人的な保証人を求める代わりに、イントラストが連帯保証人となり、病院側が保証料を払う。患者が万一、入院費を滞納したりした場合は、イントラストが入院費を肩代わりし、イントラストが患者に督促・回収する仕組みだ。入院費などの未収金が病院経営を圧迫する要因の一つになっており、イントラストの桑原豊社長は「すでに他の病院からも話がある。民法改正でさらに広がるだろう」と話す。
今回の民法改正と同時に、民法の相続に関する部分「相続法」(第5編「相続」)でも、配偶者が自宅に住み続けられる新しい制度「配偶者居住権」が施行される。将来のさまざまなリスクを減らすためにも、法律を知ることで法律を味方に付け、使いこなせるようにしたい。
(市川明代・編集部)