戦友が語る 宮本憲一 “新古典派経済学者・宇沢弘文”は『自動車の社会的費用』で変貌した
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私が公害に直面したのは1960年代初め、四日市で調査を始めたときだった。「東洋一の石油化学コンビナート」と称賛される陰で、「四日市ぜんそく」で知られることにもなる深刻な被害が起きていた。大学への委託調査で公害を示すデータが出ていたのに、取材した三重県は調査結果を隠したままだった。
きれいな海岸は埋め立てられ、被害は子供や老人、身体障害者にしわ寄せされ、企業や自治体は情報を隠している。義憤から公害研究に入り、「しのびよる公害」(『世界』62年12月)を世に問うた。社会科学者による戦後初めての公害論といわれた論文に関心をもってくれたのが都留重人さんだった。
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