テレワーク 危機を好機に変える三つの効果=神田慶司
在宅勤務や自宅近くの共用オフィスなどで働く「テレワーク」が急速に広まっている。東京都が5月に公表したアンケート調査結果によると、都内企業(従業員30人以上)の導入率は今年3月の24%から4月には63%に上昇。定着すれば、日本経済に大きく三つの好ましい構造変化をもたらす可能性がある。
女性の離職率低下に
一つ目は人手不足の緩和だ。テレワークなら育児中や介護中の人も働けるほか、遠隔地からの採用も可能になる。国立社会保障・人口問題研究所は2065年までに20~64歳の「現役世代」の人口が20年と比べて約4割減り、高齢化率は約10%■上昇すると推計している。企業は柔軟な働き方を認めないと、優秀な人材を集めにくくなり、いずれは事業の継続すら難しくなるだろう。出社を前提とする働き方は労使双方にとって抜本的に見直す必要があった。
二つ目は生産性の向上である。リクルートワークス研究所が17年に4万人強を対象に実施したアンケート調査の分析結果によると、テレワークを利用する男性はそうでない場合に比べて家事・育児の時間が有意に長かった。これは配偶者である女性のワークライフバランスを改善させ、就業促進や離職率低下につながる。労働生産性の代理変数とも言える賃金の男女間格差は欧米諸国に比べて大きい。テレワークの普及は生産性の引き上げ余地が比較的大きい女性の人的資本蓄積を促すだろう。
さらに、個人の働き方の自由度も増す。業務の成果が重視されやすくなる一方、従業員は副業・兼業を行いやすくなる。近年、副業・兼業を認める企業が増えており、従業員のスキルや経験を高め、結果的に自社の生産性を向上させる効果が期待されている。希少な高度人材の専門知識や経験が複数の企業で活かされたり、起業を促進したりすることは経済全体の成長力を強化する。
三つ目は、経済活動の分散化だ。出社や対面での会議が減れば、働き手は住居を生活費の低い郊外や地方に移し、企業は人件費の低い地方の人材を活用しようとするインセンティブが働く。その結果、都市部に集中する所得の一部が地方に流れやすくなり、地方経済を活性化させると考えられる。
もっとも、テレワークが広く定着するには課題が多い。緊急事態宣言中に実施された民間アンケート調査結果を見ると、利用者の多くは業務の生産性が低下したと感じていた(図)。IT機器やネットワークの整備、諸手続きのペーパーレス化が十分進んでいないことに加え、コミュニケーション不足や、自宅の執務環境に関する問題も大きい。企業は業務の性質などに応じて出社とテレワークを組み合わせつつ、就業規則やテレワーク時の費用負担のあり方などを幅広く見直す必要がある。
テレワークは図らずもコロナ危機によって急拡大した。これを好機と捉え、デジタル社会に相応しい働き方を政労使が一丸となって実現すべきだ。
(神田慶司・大和総研シニアエコノミスト)