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米最高裁の保守化路線に異変 大統領も制御不能の首席判事=中岡望

政治圧力に屈しないロバーツ米最高裁主席判事(下段中央) Bloomberg
政治圧力に屈しないロバーツ米最高裁主席判事(下段中央) Bloomberg

 米最高裁判所で大きな異変が起きている。最近、保守派の期待を裏切るような判決を次々と打ち出したからである。トランプ大統領は就任以来、控訴裁判所や連邦地方裁判所などの連邦裁判所で大量の保守派判事を誕生させ、最高裁でも保守派判事が多数派を占めるよう働きかけてきたが、その思惑を覆す動きになっている。

 米最高裁は保守派とリベラル派の“イデオロギー戦争”や“文化戦争”の主戦場と化した。米国社会の在り方に絶大な影響力を持つ最高裁で、どちらの勢力が優位に立つかは政治の争点になってきた。

「現実主義者」の判断

 最高裁の開廷期間は毎年10月の第1月曜日に始まり、翌年の7月初めまで続く。昨年10月の段階では、保守派が攻勢に出ると見られていた。トランプ大統領指名の保守派のゴーサッチ判事とカバノー判事の2人が、初めて最初から審議に参加するからである。

 トランプ大統領が2人の保守派判事を指名したことで、最高裁の9人の判事のうち過半数の5人を保守派が占めることになったことで保守派やエバンジェリカル(キリスト教福音派)は、女性の中絶権の制限、同性婚の規制、性的少数者に対する規制、銃規制の緩和、大統領権限の拡大、宗教的自由の拡大などを巡る裁判で保守派の主張が通ることを期待していた。一方、リベラル派は陰鬱たる雰囲気に包まれていた。ところが、最高裁が休廷に入る今年7月初めになると、保守派の主張を退ける判決が相次ぎ、雰囲気が一変する。

 これは、保守派のロバーツ首席判事が、保守派にとって最も重要な裁判で、リベラル派の判事と組んだことによる。妊娠中絶に関連する裁判では、中絶を行う医師は近隣病院の許可を得ることを義務付けているルイジアナ州の法律を違憲と判断した。保守派判事の中では唯一ロバーツ首席判事だけが同判決を支持した。

 さらにトランプ大統領の最優先政策の一つである不法移民の子弟を保護する「DACA(若年移民に対する国外強制退去の延期措置)」廃止を巡る裁判でも、ロバーツ首席判事はゴーサッチ判事とともにDACA廃止を認めない判決を支持するなど、リベラル派が期待する判断を示した。

 保守派の面々には予想外だったが、ロバーツ判事はもともと職業意識が高い判事で、例えば、2012年に、リベラル派が主張する「オバマケア存続」を支持する判決を出すなど現実主義者の顔を持っている。『ニューヨーク・タイムズ』紙は7月10日付の記事でロバーツ首席判事を「1937年以来、どの首席判事も成しえなかった役割を果たした」と評価している。

 一方、ペンス副大統領は「保守主義の大義を裏切った」とロバーツ首席判事を批判した。トランプ大統領もツイッターで「最近の判決は新しい最高裁判事が必要であることを我々に語っている」と、大統領選挙に向けて次期判事候補のリストを提出すると語った。

保守派急増

 トランプ政権や保守派が重視するいくつかの裁判でリベラル派が勝利したが、この1年で最高裁が下した判決全体で見れば、保守派の勝利した裁判の数の方が多い。

 トランプ大統領は控訴裁や連邦地裁でも多くの保守派の判事を指名し、その数は図で示したように他の大統領の指名数を圧倒している。しかも、その数は、他の大統領が8年かけて指名したのに対し、トランプ大統領はわずか3年強で達成している。

 トランプ大統領は保守派の意向を受け、司法の“保守革命”を起こそうとしている。連邦判事は終身であるため、トランプ大統領が再選を果たせなくても、保守派の判事は将来にわたり保守派やキリスト教原理主義者の意向をくんだ判決を出す可能性が強い。

 トランプ大統領が多くの保守派の判事を指名し、上院が承認することができたのには理由がある。大統領は連邦判事を指名し、上院が承認する。オバマ大統領もリベラル派の連邦判事を指名したが、共和党がフィルバスター(議事妨害)を行使して承認を妨げた。そのためオバマ大統領は13年に連邦判事承認でフィルバスターを使えないように上院の審議ルールを変更し、連邦判事の承認は単純多数決で決定されるようになった。

 それに加え14年の中間選挙以降、共和党が上院の過半数を維持しており、トランプ大統領が指名した判事候補は簡単に上院の承認を取れるため、保守派の連邦判事が急増したのである。民主党は自ら行った上院審議ルールの変更で大統領の指名した連邦判事候補の承認を阻止できないのである。

 今のところ、司法の保守化は着実に進んでいる。トランプ大統領が再選を果たせば、連邦裁判所の右傾化が進むことは間違いない。

 しかし、ロバーツ首席判事のように、保守派であってもリベラル派の主張を支持する動きも出始めた。また、議会の機能不全を背景に大統領は議会での法律制定という過程を迂回(うかい)して、大統領令で政策を推し進める傾向が強くなっているが、大統領令に対する違憲訴訟も相次いで起こされている。そうなれば、今後、最高裁がさらに大きな政治的な役割を担うことになるだろう。大統領選挙の帰趨(きすう)は最高裁の保守革命の行方を決める重要な選挙になるだろう。

(中岡望・ジャーナリスト)

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