経済・企業 デジタル諜報戦争の時代
「ペンタゴン・FBIが顧客」「上場直後に株価4倍」CIAが出資する謎のビッグデータ諜報企業の正体
今年9月末にニューヨーク証券取引所に上場した話題の米データ解析企業パランティア・テクノロジーズの株価が、12月14日時点で27.24㌦と、IPO(株式公開)価格の7・25㌦の約4倍に高騰している。同社のビッグデータ分析技術は、米国防総省(ペンタゴン)をはじめとする米政府機関に提供されている。
ソロスが売っても時価総額は5兆円に拡大
国防費削減を掲げるバイデン氏が大統領選に勝利した後も、パランティア株は上昇を続けた。
著名投資家のジョージ・ソロス氏のソロス・ファンド・マネジメント(SFM)がパランティア株を売却したとの報道があっても、11月25日には29・05㌦まで上昇した。
12月に入り機関投資家のアナリストが「パランティア株は業績に見合わない異常な高値にある」と指摘したことを受け、株価は一時12%下落したが、その後反発。ハイテク株中心のナスダックが息を吹き返すなか、再び30㌦に迫る可能性もある。
時価総額は12月14日時点で511億㌦(約5兆3000億円)に上っている。
諜報関係者には超有名企業
米政府機関を顧客に持つパランティアとはどんな企業か。一般には馴染みのない企業だが、実は諜報関係者の間では有名だ。
パランティアは2004年にオンライン決済企業ペイパルの創業者でもあるピーター・ティールによって設立された。
ティール氏はペイパル在籍時、不正送金を見抜く技術を開発し、その技術をテロ対策に応用できないかと考えたのが創業のきっかけとされている。
ビン・ラディン発見に貢献
犯罪歴のある者は当然として、犯罪歴のない人でも対人関係を広範囲に記録しており「第2の監視ネットワーク」とも呼ばれている。パランティの実績で最も有名な事案は、ビックデータの解析を通して米軍がアルカイダのリーダーであるオサマ・ビンラディンを発見することに貢献したことだ。
社名は、「ロードオブザリング」に出てくる、「世界を見通せる石(クリスタルボール)」の名称「パランティア」から取った。
CIA系のベンチャーが投資
初めてこの会社に投資したのは、ピーター・ティール以外では、米中央情報局(CIA)だ。11年にCIAが設立したベンチーキャピタルの「インクテル(In-Q-Tel))が投資している。現在、JPモルガンといった金融機関やエアバスなど大手企業と米国の数十の州、連邦機関をはじめとする約125の顧客に対して情報提供サービスを行っている。
顧客の半分は政府、米陸軍が15%
売上構成比は民間が53%、政府機関が47%となっており、その収益の15%が米陸軍という会社である。16年にトランプ大統領がマイクロソフトやアップル、IBM、インテルなど米国を代表するIT企業12社の経営者をホワイトハウスに招いた時に、パランティアは唯一の非上場企業であったことからも分かるように、米政府との関係が強い非常に強い会社である。
人気ドラマ『24』の世界そのもの
パランティアの主力商品であるデータ解析サービスは、2つある。1つは、軍や警察を対象とした「パランティア・ゴッサム(Palantir Gotham)」、もう一つは、民間の金融業や製造業を対象とした「パランティア・ファウンドリー(Palantir Foundry)」である。
ゴッサムの主要顧客にはペンタゴン(国防総省)、CIA、FBI、NSA(米国家安全保障局)、DIA(米国防情報局)などが含まれている。
文書、画像、音声、動画といった非構造データと構造データの統合、解析は「ダイナミック・オントロジー」と呼ばれる技術手法を用いて実現している。その一端が、パランティアが公開した商品のユーザーマニュアルから明らかになっている。
米オンラインメディアのマザーボード社が入手したユーザーマニュアルから推測されるパランティア・ゴッサムの解析能力は、まるで米人気TVドラマの映画『24』の世界だ。
瞬間で個人の持つ全データを狩猟
車のナンバープレートがわかれば、その車がどこを走っていたか、現在どこにいるかかがわかり、地図上に表示される。
その仕組みは、『24』に登場するテロ対策ユニット(CTU)という架空の政府機関の機能そのものだ。
さらに運転している者の名前が分かれば、個人のメールアドレス、電話番号、現在および以前の住所、銀行口座、社会保障番号、ビジネス関係、家族関係、身長、体重、目の色などの運転免許証情報を見つけることもできる。「自動ナンバープレートリーダー(ALPR)」と呼ばれる仕組みがそれだ。
犯罪履歴は政府が一元管理するシステムと連携
さらに犯罪歴があれば、事件管理システムとデータが結びつけられ、逮捕履歴、保証人、電子メールアドレス、電話番号、取引関係、旅行記録、結婚、離婚、出産などあらゆるデータが提供される。
この仕組みは米国の州政府や連邦政府の法執行機関で共有されており、データベースの一元管理が進んでいる。
「容疑者、ターゲットを一度で検察できます」
パランティアのインターネット公式サイトには、次のような宣伝文句が謳われている。
「すべての法執行機関のデータソースを1カ所で検索してアクセスします。直感的でユーザーフレンドリーなインターフェースを備えており、エージェント、探偵、または捜査官は、利用可能なすべての情報に1カ所ですばやくアクセスできます。ユーザーは、別々のシステムにログインする代わりに、単一のポータルを介して容疑者、ターゲット、または場所を1回検索し、関連するすべてのシステムからデータを返すことができます」
中国にもある外国人の情報データベース
こうした人物に関するデータベースを作っている企業は、米国に限った話ではない。
中国、深センに拠点を置く「振華データ(振華数拠信息技術有限公司、Shenzhen Zhenhua Data Information Technology Co.Limited)」もまた、その種のデータベース化を図っている国有系企業である。 軍関係者や政治家およびそれらの人に影響を与えうる人物などの交友関係までをデータベース化した「海外核心情報データベース」という外国人の情報を蓄積したデータベースをもとに、さまざまな解析情報を中国政府機関や中国人民解放軍に提供している。
情報源はなんとSNS
データベースの情報源としては、ソーシャルメディア(SNS)のツイッターやリンクトイン、フェイスブック、インスタグラム、TikTok(ティックトック)などがあり、これらSNSを監視するプラットフォームが整備されている。
さらに、地方局のネット配信、ニュースサイトやニュースアグリゲーター(ネット上のさまざまな記事見出しなどを集める)、ダークウェブサイト(匿名性の高いネットワーク上に構築されたウエブサイトで検索エンジンでは見つけられない)などが情報収集に用いられている。
米艦船の位置情報はリアルタイムで表示
8割の情報は公開されている情報すなわちオープンソースから得ているが、2割の情報は諜報活動で集められているとみられている。
例えば、米国艦船の位置情報はリアルタイムで海図上に表示することができるだけでなく、当該艦船の乗組員の個人情報や好きな食べ物まで把握していると言われている。
近い将来日本もそうなる
ビックデータの解析が重要だといわれているが、我々が想像している以上に現実は進化しているようだ。
日本政府はマイナンバーカードを健康保険証がわりに使えるようにしようとしているほか、運転免許証との一体化を計画している。
また、スマートフォンに搭載することも近い将来、実現を目指している。それらのデータは決して結びつけることはないと信じたいが、インフラとしては着々とパランティアや振華データの世界に確実に近づいている。政府の誠実な政策の実施を期待するとともに、国民による政府の監視を怠ってはならない。
(山崎文明・情報安全保障研究所・首席研究員)