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イランを追い詰めたトランプ 中東の後始末に追われるバイデン=福富満久

イランは6月に大統領選が予定されている(ロウハニ大統領) Bloomberg
イランは6月に大統領選が予定されている(ロウハニ大統領) Bloomberg

 2021年の中東情勢は、どのような展望を描けるだろうか。最も重要なのは、イランの動向だ。

 トランプ米政権の中東外交を総括すれば、中東に紛争の火種をばらまいた4年間だった。まず、オバマ前大統領が長い時間をかけて達成したイランとの核合意を離脱、経済制裁を再開したのは衝撃的な出来事だった。イスラエルが首都と主張するエルサレムに米大使館を移転し、イランが敵視するイスラエルに対する全面的支援をアピールしたのも衝撃だった。

ポスト・ロウハニ

 以後、イラン国内のみならず反発したイスラム教シーア派が拠点を有するイラク、イエメン、レバノン、シリアおよびパレスチナのガザ地区で、紛争が拡大、トランプ政権はこれらの国では現状維持以外の手を打てなかった。

 任期終盤には、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、モロッコとイスラエルの国交正常化を仲介し、成果をアピールしたが、実際はイラン包囲網の構築であり、イスラエルが米国に歯止めをかけていた最新鋭の軍需産品を売り込むため、また産油国の資本をイスラエルに投資させる名目でなされたものだった。

 その意味でバイデン次期大統領の中東外交は、イランとの対話を推進していくことが課題となる。ただし、バイデン民主党政権になったからといって、イラン問題がすぐに解決へ向かうかは不透明だ。

 イランでは、大統領選が21年6月に予定されている。穏健派と評されるロウハニ氏を継ぐ可能性が最も高いと言われているのが、次世代リーダーのガリバフ国会議長だ。テヘラン元市長で、59歳と若く、仮に立候補して当選した場合、どのような政治運営をするのか注目である。

 もっとも、最高指導者はハメネイ師に変わりないので、イランは核合意を一方的に破棄したのは米国だとしてバイデン政権に対し、相応の譲歩を求めてくることが想定される。すでにウランの濃縮度を20%に引き上げる作業を始めたとの報道もある。

 今後、サダム・フセインがやったようにイランが核兵器や化学兵器など大量破壊兵器を開発すると米国を脅したり、イスラエルを挑発したりして近隣の安全を脅かした場合は、個別的・集団的自衛権を行使して米国が軍事攻撃する可能性もあり、注意を要する。

 イランと敵対するイスラエルのネタニヤフ首相の動向も気になるところだ。同氏は同国史上、首相在任期間が最長であり、近年に汚職事件などでスキャンダルに見舞われ、1年以上続いた政治的混乱の末に統一政府を樹立したばかりだ。老練なこの政治家は、支持を得るためにイランと戦火を交えることも考えているかもしれない。この場合も注意を要する。

 中東諸国は今、社会的変革を大きく迫られる危機に直面している。

先進国ガス需要75%減

 バイデン次期大統領は、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に復帰する方針を示している。米国の脱炭素社会を目指すEV(電気自動車)シフト(バイデンシフト)による石油需要の減少が今後、どこまで中東の政治経済に影響を与えるのか、現時点では未知数だが、脱炭素化は世界的なトレンドであり、大きな変革に注意を要する。

 直近では、「国際エネルギー機関(IEA)ガス20年度報告書」によると、新型コロナウイルスと記録的な暖冬から、米国、欧州、アジアなどの先進国市場でのガス需要が75%減少する可能性があるという。天然ガスを多く産出する湾岸産油国は、痛手を被る可能性がある。

 特にこれらの国は、毎年想定する年間の石油価格を基準にして予算を組んでいるため、世界経済の低迷は大打撃となる。20年末時点で、WTI(北米指標)は1バレル=47ドル近辺だが、国際通貨基金(IMF)によると、21年の主要産油国のブレークイーブン(財政均衡点)はサウジアラビアが1バレル=67・9ドル、イランは同395・3ドル、リビアは同124・4ドル、アルジェリアは同135・2ドルとなっており、どの国も赤字である。

「バラマキ」ができなければ、失業にあえぐ若者の暴動を誘発する恐れもある。中東は、他地域に比べて若者の失業率が突出しており、食べていけず、世俗世界に悲観した若者が原理主義へと走るかもしれない。これまで搾取してきた欧州や米国への憤りは、テロの形となってひところのように激化していく可能性もある。欧州への移民流入による右派(極右)台頭のリスクと社会の分断も引き続き注意を要する。

不可避な変化も近い

 中東情勢に変化を与えることとして、いずれ不可避の変化となる制度上のことについても触れておこう。

 イラン最高指導者ハメネイ師が81歳、サウジのサルマン国王が85歳とともに高齢で、両国ともに政治の実権は、大統領と皇太子が握っているとはいえ、政治的変化がいつ何時、訪れるかは未知数である。

 イエメン内戦、リビア内戦、シリアの政情不安は、引き続き終息しないと考える。シリア沿岸のタルトゥースに補給基地を置くロシアのプーチン大統領が、シリアから手を引くことはない。地域の覇権を握ることに野心を燃やすエルドアン大統領率いるトルコと引き続き覇権争いが続くだろう。エルドアン大統領の任期は24年までで、改憲されれば29年まで可能となる。66歳とまだ若く、健康上の問題がなければ、職務遂行できる。

 サウジは、ムハンマド皇太子体制が維持されるかが注目される。同氏が掲げる「ビジョン2030」で、今後10年間で国内外から 4500億ドルの投資の誘致を想定しているが、現在の油価とコロナ感染症で苦悩する世界情勢を考えると、修正を余儀なくされるかもしれない。近年、対立が激化しているサウジとイランの関係は、イランがサウジを攻撃すれば、米国との戦争に突入する恐れがあるため、イランからの攻撃はないと見る。

 日本の最大の関心である湾岸からの石油流入のストップはあるのか、という点に関しては、イランとサウジの全面戦争でも起きない限り可能性としては極めて低いだろう。油価の高騰は石油輸入国である日本の株価を押し下げる要因だとみなされているので、大規模な戦争が起きない限り心配はないだろう。

 政治面でも社会面でも、また歴史的にもイスラム世界と日本との関係は極めて良好で日本国内での原理主義テロは今後もない。日本企業への期待として、IT、水、医療、自動車(EV・ハイブリッド)への要望・需要は旺盛であり、引き続き関係を強化していきたい。

(福富満久・一橋大学大学院教授)

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