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森会長辞任の力学「世界の資本主義は女性蔑視を許さない」

日本オリンピック委員会前で、東京五輪パラリンピック組織委の森喜朗会長の女性蔑視発言への抗議活動をする人たち=東京都新宿区で2021年2月11日午後2時13分、宮間俊樹撮影
日本オリンピック委員会前で、東京五輪パラリンピック組織委の森喜朗会長の女性蔑視発言への抗議活動をする人たち=東京都新宿区で2021年2月11日午後2時13分、宮間俊樹撮影

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任した背景には、「女性蔑視を許さない」という世界の声があった。この声を感じ取ることができなかったことが辞任劇の最大の理由である。

 森氏は2月3日「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言したことが女性蔑視と言われ、4日、撤回、謝罪した。 これに対し、国際オリンピック委員会(IOC)は、同日、「森会長は謝罪した。この問題は既に決着した」と表明した。

 その後も、批判はくすぶっていたが、IOCが決着といったことで、森会長の辞任はなし、となったと思われた。

 ところが、9日、IOCが「IOCの公約や取り組んでいる改革に矛盾するもので、完全に不適切なものだ」と前言を撤回し、流れは変わった。

 森氏は辞任を余儀なくされ、後任に川淵三郎東京オリンピック・パラリンピック組織委員会評議員会議長(サッカーJリーグ初代チェアマン)を指名したが、会長の選考過程が不透明との批判が高まり、後任会長の行方はまだ分からない。

東京五輪・パラリンピック組織委の評議員会と理事会の合同懇談会前に言葉を交わす森喜朗会長(左)と川淵三郎氏=東京都中央区で2020年2月12日午後2時57分(代表撮影)
東京五輪・パラリンピック組織委の評議員会と理事会の合同懇談会前に言葉を交わす森喜朗会長(左)と川淵三郎氏=東京都中央区で2020年2月12日午後2時57分(代表撮影)

IOCの最大のスポンサーは米テレビ局

 森氏の言動に対し、一部の識者や内外マスコミの批判が殺到し、野党の追及や、オリンピック・ボランティアや聖火ランナーの辞退が重なったにも関わらず、辞任とはならなかったのに、なぜ森氏は辞任に追い込まれることになったのだろうか。

 もちろん、IOCが前言を翻して、不適切と言ったからだが、そうなったのには、スポンサー、米テレビ局の圧力がある。

 IOCは、森氏が、日本国内をまとめ、必要な費用を工面してくれていることに感謝しているだろうが、森氏の影響力は日本国内だけにしか及ばない。日本の組織委員会がIOCを援助してくれるわけでもない。IOCの最大のスポンサーは米テレビ局と、その背後にあり、公式スポンサーとして莫大なお金を払ってくれる世界企業である。

辞任表明した大会組織委の森喜朗会長(右)と力を合わせて五輪準備を進めてきた御手洗冨士夫名誉会長。森氏の後任候補選考の責任者に就いた=東京都新宿区で2020年3月30日(代表撮影)
辞任表明した大会組織委の森喜朗会長(右)と力を合わせて五輪準備を進めてきた御手洗冨士夫名誉会長。森氏の後任候補選考の責任者に就いた=東京都新宿区で2020年3月30日(代表撮影)

お客様を蔑視する企業は利益をあげられない

 森氏の力は、高齢化し、経済的に停滞し、膨大な財政赤字を抱える日本国内にしか及ばない。

 それに対して、企業は世界の消費者を相手にしている。消費者の半分は女性である。お客様を蔑視する企業は利益を上げられない。グローバルな資本主義は女性蔑視を許さないのである。

 IOCは、世界のスポーツ団体が加盟する曖昧な組織で、長い間の貸し借りが大事な組織なのだろう。しかし、最大のスポンサーは、世界の消費者の意向に依存する世界企業なのだから、彼らの要求には従うしかない。資本主義が男女平等をもたらす力を持っているのである。

「世界資本主義が男女平等をもたらす」と言えば、不愉快に思う方々も多いと思う。女性蔑視を許さなくしたのは、女性たちのたゆまぬ努力のおかげで、それを世界企業も無視できないから、あの発言は不適切とIOCに申し入れたのであって、「世界資本主義自体が男女平等をもたらす訳ではない」という反論があるだろう。

 そうなのだろう。しかし、世界資本主義というチャネルが、女性蔑視とされた発言をした森氏を辞任に追い込んだのである。このチャネルは評価されても良いのではないか。

オリンピックは正しいものであることが求められている

 もちろん、オリンピックの特殊性もある。

 オリンピックで明白に利益を得ている人々もいるが、多くはボランティアである。通常なら高額のギャラを受け取る超一流選手たちが、ギャラを受け取らずに素晴らしい技を見せてくれる。

ボランティアで参加する選手、無償で何らかの手伝いをする人々にとってみれば、オリンピックは、一点の曇りもない清く正しく美しいものでなければならない。そうでなければ、自分たちが犠牲にしたものが無駄になってしまうと思う多くの人たちがいる。

 オリンピックを純粋なものだと考えている人が多いからこそ高いスポンサー料を払う値打ちがあると思う多くの企業がある。

 そう考えると、人々の善意とオリンピックというビジネスをつなぐ組織委員会は、完全に正しいものであることが要求される。

 IOCもJOC(日本オリンピック委員会)も東京オリンピック・パラリンピック組織委員会も、「一体性、多様性、男女平等はオリンピックの活動に不可欠の要素」とは言っていたものの、組織の美しさの維持において、配慮に欠けた部分があったのではないだろうか。

(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)

◇筆者略歴 はらだ・ゆたか

 1950年東京生まれ。東京大学農学部卒。博士(経済学)。経済企画庁、財務省などを経て大和総研専務理事チーフエコノミスト、日本銀行政策委員会審議委員などを歴任。名古屋商科大学ビジネススクール教授。著書に『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』など。

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