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またもアマゾンで労働組合化が失敗、めげないバイデン大統領は「強い組合」目指す=中岡望
アマゾンに見た根強い「反組合」 バイデン氏は“労組復活”期す=中岡望
米アマゾン・ドット・コムがアラバマ州で運営する物流施設「ベッセマー倉庫」で4月9日、労働組合結成の是非を問う従業員投票が行われたが、反対多数で否決された。
組合結成を支援した「小売り・卸売り・百貨店組合(RWDSU)」は、「アマゾンが選挙に不当介入をした」として訴訟を起こし、労働争議の調停を行う政府機関の全米労働関係委員会(NLRB)に調査を行うよう求めている。
一方で、バイデン政権は「組合の弱体化が格差を拡大させた」として「組合の復活」を目指している。組合問題は、アマゾンや米小売業界にとどまらず、米国の労働環境、さらには社会の在り方に関わり、長く尾を引くことになるのは間違いない。
トイレ休憩の妊婦を解雇
アマゾンは全米で80万人の雇用者数を擁するが、組合はない。過去に何度か組合結成の動きがあったが、潰され続けてきた。
米国は産業別組合の国である。ベッセマー倉庫の労働者が組合を結成すれば、RWDSUに加盟して、同産業別組合の支部になる。RWDSU委員長は「ベッセマー倉庫の組合結成は将来の組合運動のモデルになる」と、その重要性を強調した。
組合は組合員の権利を守り、団体交渉を通して賃金を引き上げる役割を果たす。米労働省によると、2020年の時点で組合員の労働者の週賃金は1144ドルであるが、非組合員の賃金は958ドルに過ぎない。組合結成によって組合員の賃金が上昇する可能性がある。
ベッセマー倉庫の試みは、バイデン政権が推進する組合結成運動にも大きな影響を及ぼすだけに、注目度も高まっていた。成功すれば、アマゾン全社で組合結成が加速することになるからだ。また他の企業の倉庫労働者の組合化が一気に進む可能性も出てくる。
バイデン大統領はベッセマー倉庫の組合結成を支援するビデオ声明を発表し「組合は権力を労働者の手に戻す。組合は労働者の健康、安全、高賃金、人種差別、セクハラに対して、労働者がより強い主張をできるようにする。組合は、組合員、非組合員に関わりなく、すべての労働者、特に黒人労働者の生活を改善する」と述べた。
過酷な労働環境と待遇の改善を求めたベッセマー倉庫の労働者は、「ラインで休みなく運ばれてくる品物を処理するため息さえつけない。まるでロボットのように働かせられる」と説明している。
倉庫で働く労働者にとって最大の問題は「タイム・オフ・タスク」と呼ばれる政策であった。これはトイレ休憩時間を制限するものであった。ホワイトカラーの場合、時間を気にせず、何度もトイレに行っても問題はないが、倉庫労働者のトイレ時間は1日平均30分に制限されていた。
妊婦の労働者が頻繁にトイレに行くとして解雇される例も発生していた。さらに梱包(こんぽう)発送作業のノルマを果たせないと、賃金は引き下げられるなど、厳しい労働環境の下に置かれていた。
業務の急拡大から、アマゾンは発送日を2日から1日に短縮し、労働者の作業負担は増えた。さらに監視を強化したことで、従業員の間で不満が鬱積していた。昨年は、アマゾンに対して労働環境の改善と気候変動問題への積極的な取り組みを求めた2人の労働者が解雇された。
そうして迎えた4月9日の組合結成の是非を巡る投票は、賛成票は738、反対票は1798で、組合結成は否決された。意外なことに、ベッセマー倉庫の労働者は組合結成を拒否したのである。
この結果には、さまざまな理由が指摘されているが、一つは、「組合結成は強制的に組合費を徴収することが目的だ」と主張したアマゾンの反組合キャンペーンが効果を発揮したことは間違いない。さらにアマゾンは、労働者と直接話し合うことで労働環境を改善できる、初任給は時給15ドルと法定最低賃金よりも高い、健康障害保険などさまざまな福利厚生を提供している、と強調した。
民間企業の組織率は6%
もう一つ、反対多数という結果に終わった大きな理由は、1980年代から米国の労働者の間に植え付けられてきた「反組合意識」を打ち破ることができなかったためだ。「反組合」は80年代に勢いを増したネオリベラリズム(新自由主義)の流れの中で出てきた。
80年代のレーガン大統領の新自由主義政策の下で、組合の切り崩しが進み、あらゆる産業で組合は急速に弱体化していった。「労働市場の自由化」を主張する新自由主義の主張が広く受け入れられるとともに、「組合は社会的な悪である」というイメージが定着し、白人労働者の組合からの離脱は大規模に進む。この動きはトランプ政権を支える大きな柱となった。
バイデン政権は、その流れを変えようとしている。伝統的に組合は民主党の重要な支持基盤であるが、バイデン大統領にとって組合支援策は、単に民主党の支持基盤の強化にとどまらない。空洞化する中産階級再生のために組合は不可欠として、その強化を最大の政策課題と位置付けている。
米労働統計によれば83年の組織率は20%強であったが、19年には過去最低の10・3%にまで低下。20年は10・8%と若干上昇したものの、80年代の半分の水準にとどまっている(図)。
さらに深刻なのは、民間部門の組織化率の低下である。20年の部門別の組織化率を見ると、公共部門は34・8%と比較的高い水準にあるが、民間部門はわずか6・3%であった。
その背景に、多くの企業は組合結成を制限する「労働権法」を認めている州に生産拠点を移し、団体交渉を回避し、低賃金政策を取ってきたことがある。最近では、さらに反組合の動きが加速化し、ニューハンプシャー州などでは民間企業の労働者の組合参加を禁止する動きも出ている。
これに対し、バイデン大統領は相次いで組合強化政策を打ち出している。NLRBから企業に有利な裁定をする保守派の委員を更迭した。4月26日には大統領令を出して、「労働者の組織化と権限強化に関するタスクフォース」の設置を決定。議会に対して労働権法を無効化する「労働組合組織権保護法(PRO法)」の成立を求め、下院で可決された。
アマゾンの一件ではバイデン大統領の思惑は失敗に終わったが、組合支援政策に変化はないだろう。一筋縄ではいかないが、バイデン政権はPRO法成立、労働法の改正、労働権の無効化などを通して組合強化を推し進めていくことになるだろう。
(中岡望・ジャーナリスト)