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詳報!名門「電気興業」お家騒動①セクハラ社長退任劇の全内幕を明かそう 暗躍した「大物企業弁護士」とは

    電気興業松澤幹夫前社長
    電気興業松澤幹夫前社長

     経営トップの不正を追及しようとした取締役がクビを切られ、取引先や知友で占められた社外取締役は機能せず、企業統治(コーポレート・ガバナンス) が骨抜きになっていた――。東証1部の老舗電気メーカー、電気興業で、女性社員にセクハラを働いた経営トップがこっそり退任に追い込まれた。このセクハラ騒動の陰に企業統治(コーポレート・ガバナンス)上の問題が隠れている。舞台裏で何が起きたのか、複数回に分けて、詳報したい。

     電気興業は高周波機器や電気通信機器の老舗メーカーだ。1938年に国策企業として発足し、近年は収益規模こそ伸び悩んでいるが、財務内容は2021年3月期で自己資本比率75%と非のつけどころがない。その定時株主総会は6月29日午前10時に東京・西新宿のベルサール西新宿ホールで開かれた。

    総会1週間前に突如リリース

     株主に総会の招集通知を発送した時点では、一般の社員たちは今年も何事もなく平穏に終わると誰もが思っていたはずだ。しかし、直前になって事情が変わった。総会の1週間前になって、HP上に「内部通報に基づく社内調査の実施、再発防止に向けた取り組み、および処遇について」と題したリリースを掲載したのだ。内部通報を受けて監査役会が①ハラスメント行為に関する調査及び処理、②不明瞭な交際費、③利益相反の疑いのある取引――について調査を実施し、取締役の処遇を決めたという内容である。

     株主総会直前に不正にまつわる情報発信をしなければならないのは、総会対策上、避けたかったに違いない。それでもこうした情報開示をしなければならなかったのは、筆者が18日に「松澤幹夫会長が社長を退任したのは、セクハラが原因だと聞く。取材をお願いしたい」として質問状を送ったために違いない。筆者は質問状に内部資料を数多く集めてあること、株主総会前にネットメディア上でこれをニュースとして配信するつもりであることを記してあり、会社側は「記事に書かれるのなら、その前に」と判断して開示に踏み切ったのであろう。

    株主から社長交代で追及

     こうして筆者が「実力社長のセクハラを咎めた役員が次々とクビに 名門メーカー電気興業の大混乱」と題する記事を「プレジデントオンライン」に配信したのは、6月25日の金曜日。近藤社長は翌週明けにテレビ会議システムで全社に向け、記事の内容を全否定した。しかしそれは1分ほどの短い内容で、記事のどこがどう違うのかについて具体的な言及はないまま、29日の総会を迎えた。

     例年は30~40分ほどで終わる同社の総会は、今年も荒れこそしなかったが、1時間を超えた。法人株主から「社長が交代した理由はセクハラではないのか」などと問われた近藤忠登史新社長は「経営陣の世代交代が目的。不祥事が理由ではない」と言い張った。しかしそれは表向きの理由でしかない。

    取締役会音声の「動かぬ証拠」

     証拠はある。2月10日に開かれた臨時取締役会の音声データと、これを文字起こしした文書である。取締役会議事録の基礎データと言ってよく、詳細で生々しいやり取りが動かぬ証拠として残されていた。

     取締役会の議事録は法律によって作成と保管が義務付けられており、株主は必要に応じて閲覧を請求できることになっているが、実際には門外不出と言っていいほどの機密文書である。そこで何が話し合われたのかを伝える前に、電気興業で何があったのかを説明しなければなるまい。筆者の手元には通常なら決して表に出てくることのない内部資料や音声データ、弁護士が作成した意見書など、数十点があり、これらをもとに説明したい。

    目に余るセクハラ

     電気興業の本社は東京・丸の内の新東京ビル7階に陣取っている。このフロアには社長以下、役員の執務室や取締役会が開かれる会議室のほか、人事や総務、経理などを束ねる管理統括部もある。ここに松澤幹夫社長(当時)によるセクシャル・ハラスメントがあったとの通報があったのは、今年1月21日のことだった。

     初動は早かった。管理統括部長の石松康次郎専務を中心に総務部長と人事部長、経理部長の4人で情報を共有、その翌日には被害女性から事情を聴き取った。4人は社内で松澤社長の側近と目されているが、松澤社長のセクハラは側近の目から見ても、無かったことにはできないほどの内容が含まれていた。

    社外取締役に西村あさひの著名弁護士

     そこで週末を挟んで26日には顧問弁護士に相談し、さらにその翌日には午前8時半から西村あさひ法律事務所の志村直子弁護士と佐々木秀弁護士の二人と電気興業本社の第一会議室で打ち合わせを始めている。西村あさひは電気興業の社外取締役で、企業法務分野で著名な太田洋弁護士が所属する大手法律事務所であり、両者の関係は深い。

     このミーティングで問題の概要を聞いた佐々木弁護士は、松澤社長の振る舞いをセクハラ行為そのものだと断じ、「強制わいせつまで行くかどうかは微妙なところだが、ストーカー規制法 の付きまとい行為にされかねない。いずれにしても、世の中に出たら大ダメージとなる。弁護士として言っていいかどうか分からないが、外には出さずに(松澤社長には)ご勇退してもらう」との発言さえ出たのだった。

    一旦、松澤社長辞任で固まる

     石松専務も「辞任していただくしかないと思う」と応じ、この時点で4人の側近と志村・佐々木両弁護士の間で基本方針が固まったとみていい。セクハラ以外では不明朗な交際費支出についても話し合われ、弁護士からは「隠し玉として気付かれないように並行してやることが大事だ」との助言があった。

     さらに調査の進め方について、弁護士から「株主総会や決算期末も控えているため、短期決戦で蹴りをつける」という方針も示された。石松専務は助言を受けて翌28日の朝8時には電気興業の社内取締役全員に報告し、伊藤一浩常務と下田剛取締役、久野力取締役、最年少の近藤忠登史取締役らも知るところとなった。

    調査委員会の立ち上げ

     一方で同日午後8時には前出の太田社外取締役が、鈴木則義氏と須佐正秀氏 の両社外取締役に対し、三人で調査委員会を立ち上げると連絡している。実際の調査に当たるのは、AI-EI法律事務所の森倫洋弁護士と西村あさひの志村・佐々木弁護士である。AI-EI法律事務所も西村あさひ出身の弁護士が立ち上げた法律事務所であり、その後も事ごとに西村あさひ出身の様々な弁護士が登場する。

     なお、筆者は、太田氏をはじめ、これら社外取締役3人に、今回の件に関する質問状を送ったが、返事は一切なかった。

    社内取締役5人の「血判状」

     翌29日は鈴木、須佐の社外取締役二人が午前8時半から出社し、これまでの経緯と調査委員会の立ち上げについて説明を受け、その日の夕刻には調査委の立ち上げが正式に決まる。この時に社内取締役の連名で「この件について委任するので、よろしくお願いします」といった趣旨で「申入書」を社外取締役側に手渡している。いざというときに松澤社長を除く社内取締役5人が一致結束していることを示すためのものだ。だが、これが後に「血判状」として妙な具合に使われて、彼らの足元をすくうことになるとは、社内取締役の誰も予想できなかった。

    松澤社長の巻き返し

     同月31日は日曜日だったが、社長室を自宅代わりにして大画面テレビでネットフリックスの動画配信などを楽しむ松澤社長は土日も出社している。それを確認した太田・鈴木の社外取締役が、松澤社長を伴って役員会議室で話し合いを始めた。そこではセクハラの内部通報があったことや、社内取締役から社外取締役に相談があったこと、社外取締役が調査委員会を立ち上げることが告げられた。松澤社長はこれらの申し入れを受け、調査が終了するまで出勤しないことになった。

     2月2日から4日にかけて、被害者女性と松澤社長、関係者の計7人に対してヒアリングが行われ、調査に当たった弁護士チームから社外取締役に調査報告書が提出されたのは同月9日だった。

     しかし社内取締役はいつの間にか、松澤社長らに切り崩されていた。会社を守り、被害女性を守ることで結束していたはずの社内取締役だったが、結束の中に打算が潜んでいたのか。調査報告書の提出を受けて翌10日にリモート形式で臨時取締役会が開かれると、石松専務らは事態が思わぬ方向へと転がり始めていたことに気付いて驚く。

    会長に退き、自ら後継社長を指名

     松澤社長が宣した。

    「私の方から緊急動議を出させていただきたいと思います」

     その時の模様を録音し、文字起こしした文書によると、第3四半期決算の決算承認を終えた後、 臨時取締役会が始まって16分余りが過ぎたときのことである。

    「私は今期3月末をもって代表取締役社長を退き、取締役会長となり、次の代表取締役社長として近藤忠登史取締役を推薦したいと考えております」

     近藤取締役は2020年6月に取締役に昇格したばかりの末席の取締役である。それがわずか8カ月で後継社長に指名されたのだ。松澤社長の動議提出を引き取るようにして、太田社外取締役が言う。

    「本日、たまさか取締役、監査役全員がご出席ですから、決議しようと思えばできる状態にあります」

    社内取締役に調査報告書を見せず

     その場での決議に向けて誘導しようとしているかのような話の持って行き方に、慌てた石松専務が「取締役で事前に話した内容ですが、今日どういう取締役会になるかわからない部分があり、緊急で決めないといけないことが発令されたときには、持ち帰って検討しようということになっています」と抵抗した。

     社内取締役の伊藤常務も発言の機会を求めた。

    「社外取締役にお願いしております報告書というのは、いつ頃の完成でしょうか」

     松澤社長の処遇を決めるうえで、セクハラについての報告書は内容を確認しておかなければならないものであり、決議の前提条件である。ところが不可解なことに社外取締役らこれを開示しようとはしないため、伊藤常務は拙速な決議を牽制しようと報告書の提示をやんわりと求めたのであろう。

     太田社外取締役は「はい、どうしましょうね。この報告書についてはとりあえず、もし皆様よろしければその報告書に関連する部分だけは、議事録に載せない形で……」とのらりくらりとした態度を示した。

    オフレコの取締役懇談会で「本音」

     その後、松澤社長と総務部長、経理部長が退席を求められ、取締役と監査役だけの「休憩」が始まった。太田社外取締役は弁護士であり、「これは法的には、取締役会がいったん休憩に入ったということで、社内取締役による懇談に切り替わった状況」と念を押した。そのうえで太田社外取締役は調査報告書の中身について、こう切り出した。

    「社外取締役として会社のレピュテーションが対外的に棄損しないようにしたいという思いがあるものですから、取締役会というオフィシャルな場では、なかなか話しづらいですが、(松澤社長には)代表取締役としての振る舞いとしては、いかがなものかというのはかなりあるということでございました」

     この間もICレコーダは細大漏らさず、音を拾い続けている。さらに松澤社長の処遇について太田社外取締役は「代表権を返上して頂くのであれば、逆に外から見た場合に、松澤社長が平取になりました、非常勤取締役ですっていうと確実に“何かあったんだ”となるので、取締役会長というふうな形で、ある程度名誉ある撤退というかですね……」と提案した。

     松澤社長の緊急動議は、こうして社外取締役に押し切られるようにしてこの日のうちに諮られ、「名誉ある撤退」が決まったのである。 近藤新社長が株主総会で口にした「世代交代」は、見え透いた茶番でしかない。

    粛正された「改革派」専務

     そればかりではない。社内取締役5人で作った前出の「申入書」は、社内抗争の「血判状」とみなされ、松澤社長の責任を追及した石松専務は専務から降格し、株主総会で役員から外れた。松澤社長の暴走を止めなかったというのが、その理由である。久野力取締役は退任して顧問に収まり、下田剛取締役は留任。一方で伊藤一浩常務は専務に昇格し、末席の取締役だった近藤取締役は新社長に就くことが順次発表された。一人ひとりの処遇に差を付けることで利害が一致しないようにしておいて、切り崩されたのだろう。

    社長の責任を矮小化する社外取締役

     社外取締役の究極的な役目は、暴走する経営トップにクビを言い渡すことだと言われる。その点では確かに太田社外取締役らは松澤社長に引導を渡したことになるかもしれない。しかし、彼らの判断には首を傾げたくなる部分もある。松澤社長のセクハラ行為について、この休憩時間に「法的に言うと、まあたとえば取締役を直ちに辞任しなければいけないというものでは恐らくないだろう」と発言しており、石松専務らが相談した志村・佐々木弁護士らが「ストーカー規制法 の付きまとい行為にされかねない。いずれにしても、世の中に出たら大ダメージとなる」と強い危機感を露わにしたのとは温度差が激しい。

     しかもこの不祥事を監査法人トーマツに連絡しようと、石松専務の代理人弁護士が5月11日付で作成した「コンプライアンス通報・報告」と題した文書にも、松澤社長のセクハラがストーカー規制法 に抵触する懸念があると指摘しており、社外取締役らの判断は、松澤社長の責任を矮小化するのが 目的だったのではないかと疑われても仕方がないだろう。

    形式ばかりで骨抜きの企業統治

     実はこの原稿を書くにあたって、電気興業で何が起きたのかを年表風にまとめようとした。ところが事実を時系列に淡々と並べていくと、困ったことに電気興業の社内取締役も社外取締役も法律や制度に従って合法的かつ合理的にふるまっているようにしか見えないのだ。そればかりか、穏当でバランス感覚に富んだ結論を導いているようにさえ思える。

     しかし、事後的にその裏側で何が起きていたのかを 検証すると電気興業ではたしかに企業統治が機能しておらず、取締役会の密室で企業統治は骨抜きにされていた。そこでは取締役会議事録にさえ記されない議論があり、議事録の行間に隠されているものに目を凝らさなければならないものが多くある。

     企業統治の本質とは、このあたりにあるのだろう。何らかの表面的な規則や基準に照らしただけではなく、議事録の行間を、そして規則や基準の行間を社外取締役としての矜持や誠意などで満たすようにしなければならないのだ。

     次号では社外取締役の動きに焦点を当て、電気興業のガバナンスにどんな問題があったのか、もっと深くメスを入れよう。(続く)

    (山口義正・ジャーナリスト)

     

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