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週刊エコノミスト Online 追悼

追悼 カイチュウ博士=浜條元保

自分のおなかで育てたサナダムシには、小学生時代に好きだった女の子の名前のキヨミちゃんと名付けた藤田さん
自分のおなかで育てたサナダムシには、小学生時代に好きだった女の子の名前のキヨミちゃんと名付けた藤田さん

「カイチュウ博士」 藤田紘一郎さん 「キレイ社会が日本人の心を蝕む」 寄生虫との共生を訴え続けた40年=浜條元保

「カイチュウ博士」として知られた藤田紘一郎東京医科歯科大学名誉教授が5月14日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。享年81。

 花粉症やアトピーなどのアレルギー性疾患が増えたのは、身の回りの微生物を人間が一方的に排除したことが原因──。微生物の一種である寄生虫には免疫力を高め、アレルギー反応を抑制する効果があるという説を藤田紘一郎さんが唱え始めたのは、40年前のこと。医学界で無視され続けた異説が日の目をみたきっかけは、一般読者向けに執筆した記事や本、そして自らがおなかの中に寄生虫を飼って効果を確かめた「実験」だった。

「回虫の卵とじ」

 藤田さんによると、戦前や戦後間もないころの日本人の約70%が寄生虫の一種である回虫に感染していたという。「私も小学生のころ感染したが、健康上の問題は何もなかった。当時、スギ花粉を使った『スギ鉄砲』で大量に花粉を友達からかけられたが、花粉症にもならなかった」。

 戦後、日本を占領した米軍兵が野菜サラダを食べて回虫持ちだらけに。驚いたGHQ(連合国軍総司令部)が大規模な駆虫作戦を展開。1980年には回虫をはじめ、日本人の寄生虫感染率は0.2%と激減した。

 しかし、アレルギー性疾患が急増。藤田さんは、この因果関係に注目し、寄生虫の存在があるという仮説を立てて研究をスタートさせた。81年にアレルギー性疾患を抑制する物質を寄生虫から分離することに成功した。ところが、この結果を医学専門誌に発表しなかった。

「私が、この仮説を唱え始めた70年代半ばから、『藤田の頭はおかしい』と医学界でまるで相手にされなかった。抗菌グッズメーカーからは、激しいバッシングに遭う始末だ。当時の日本では、寄生虫を研究しようにもほぼ絶滅。私はインドネシアやタイなどの途上国を訪れて、現地から大量のウンコを大事に持ち帰り、研究室にこもるという生活を繰り返していた。ウンコを顕微鏡で調べて、卵を探すことから寄生虫研究は始まる。『ウンコは腸内細菌の貴重な情報源』と主張しても無視され続けた」

 転機が訪れたのは93年。『文芸春秋』(93年10月号)に「回虫の卵とじ」というタイトルで寄稿すると、読者から大反響があり、その後、メディアの取材を受けるようになった。この反響に手応えを感じた藤田さんは、「人間に良いことをする寄生虫の存在を知ってもらおう」と、94年に『笑うカイチュウ』を執筆。累計約20万部を超える大ヒットとなった。

憂う無菌社会

 寄生虫の一種であるサナダムシを自らのおなかの中で育てるきっかけは、あるテレビの生番組に出演中の出来事だった。司会者から「そんな体にいいことをするんだったら、藤田先生は寄生虫を飼っているんですよね」と詰問されたことだ。藤田さんが「私は飼っていない」と答えると、この司会者から「それでは話にならない」と切って捨てられた。

「研究結果に自信があったので、その後すぐにサナダムシという人間に悪さをしないことが確認できていた寄生虫をおなか(腸)で飼うことにした。元気のいいサナダムシは1日に20センチも伸び、1カ月もすると6メートルにも達する。私のおなかですくすく育ち、2年半の寿命をまっとうした。その効果はてきめんで、ひどい花粉症が治り、常に免疫力の高い状態で病気知らずで過ごすことができた。精神が安定するという心理的効果もわかった」

 筆者が最初に藤田さんと出会ったのは、2001年。当時、中国経済の急成長を取り込もうと、日本企業が中国進出を急ぐ中で、現地駐在員が感染症に悩まされた。ここで「カイチュウ博士」の登場である。以来、20年間、SARS(重症急性呼吸器症候群)やエボラ出血熱などの感染症が発生するたびに藤田さんを頼った。

 最後に話したのは、昨年5月。「特集コロナ危機の経済学」(20年6月2日号)への執筆依頼のためである。藤田さんは以前から「キレイ社会が日本人の心を蝕(むしば)んでいる」と、訴えていた。「私が今心配しているのは、コロナ騒動後の日本人の考え方や行動である。キレイ好きの日本人がより一層、その傾向を強め、『無菌状態』を求めるのではないかという不安だ」という書き出しで始まる「キレイ好き日本人が求める『無菌状態』の落とし穴」と題する原稿が遺稿となった。合掌。

(浜條元保・編集部)

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