日本は記録的なメダルラッシュも……五輪会場に行けないチケット保有者たちの「複雑な胸の内」
新型コロナウイルスの感染拡大により、予定より1年遅れで開幕した東京五輪。開会2週間前に「無観客」が決まるなど、直線まで迷走劇が繰り広げられはしたものの、ふたを開ければ連日に渡る日本選手のメダルラッシュで、想像以上の盛り上がりを見せている。
だが、東京五輪の「チケットホルダー」(チケット保有者)たちは、選手達の活躍を複雑な思いを抱えながら見つめている。
140万円分のチケットが無駄に
「家族で総額およそ140万円のチケットが当選した」という都内在住の30代、泉田健司(仮名)さんは、東京五輪のプラチナチケットに特別な思い入れがあったという。
「私の父は、高校時代には長距離選手として活躍し、インターハイに出場した経験を持っていました。でも、当時の家庭の事情もあって、残念ながら18歳で競技を諦めざるを得なかったんです。そのような辛い経験を経た今もなお、陸上競技が好きで、仕事の傍でレースに参加したり、欠かさずに中継をチェックしたりしているのを知っていました。そんな背景もあって、何とか五輪のチケットを手に入れて、家族そろって観戦に出かける予定だったのですが…」。
当選しやすい傾向と対策を徹底的に調べ、家族の力を借りた甲斐もあって、男女の「100m決勝」(7月31日、8月1日)、男女の「4×400mリレー」(8月7日)といった多くの花形種目のチケットを手に入れた。
「コロナ禍」で1年延期が決まった後も「本番を楽しみに待っていた」というが、首都圏1都3県に緊急事態宣言が発令された7月8日に、無観客での開催が決定。これまでの努力が水泡に帰すこととなった。
「五輪が開幕した当初は、テレビで流れてくる日本人選手の活躍や、連日のメダルラッシュを好意的に見ている時もありました。でも、7月30日に始まった陸上競技のテレビの中継で、無観客のスタンドが映し出された時に、何とも言えない寂しさが込み上げてきたんです。『本当は、現地で感動を共有できたはずだったのに…』と感じてしまうこともあって、まだ十分な気持ちの整理がついていない部分がありますね」。泉田さんは、現在の率直な思いを語った。
いまだ詳細不透明…チケット払い戻しに関する不安
大会が佳境に差し掛かった現在の不安は、組織委員会が「総額480万枚程度」と発表した観戦チケットの払い戻しの問題だという。
組織委員会からは、「返金手続きに関しては、後日発表される」との発表があったものの、その詳細は今も明らかにされていない。
「コロナ禍」の影が忍び寄りつつあった2020年3月には、チケット規約の条文を根拠に「大会が中止に追い込まれた場合、観戦チケットの代金が返金されないのではないか?」という見方が広がり、組織委員会が火消しに追われる事態に発展した。(その後、規約改訂)
大会の1年延期が決まった2020年11月には、組織委員会が公式サイトでチケットの払い戻しを受け付けたが、その対象期間はわずか20日間だった。その際に組織委員会が発表した「大会延期を理由とした払い戻しは今後行わない」という方針が、さまざまな憶測を生み、かえって不安をあおる結果となった。今後、返金手続きに関する発表が行われるものと思われるが、チケットホルダー達は「お金が戻ってこないのでは」という不安を拭いきれないまま、選手達の歓喜の瞬間を見つめている。
たとえ無観客でも「何とか開催にこぎ着けられた安心した」
美容師として国内外で3店舗を経営する傍ら、「過去にさまざまな国際大会に出かけ、日本人選手への声援を送ってきた」という横山誠人さんは、「海外で応援してきたからこそ、自国で開催される東京五輪には特別な思いがあった」としつつも、無観客での開催に一定の理解を示している。
東京五輪では、「オリンピックとパラリンピックのチケットを合わせて40万円ほど購入した」という横山さんは、「一番避けてほしかったのは、大会が中止になること。まずは何とか開催にこぎ着けられたことに安心し、喜べている部分もある」と心境を語った。
さらに、「東京五輪は、残念ながら映像での試合観戦になってしまいましたが、どんな状況であっても、『日本人選手を応援したい』という僕の気持ちが変わることはありません。距離は離れていますが、これまでと同じようにさまざまな記録を更新したり、多くのメダルを獲得してくれることを信じ、日々声援を送っています」と、選手たちに対しての変わらぬサポートを誓う横山さん。国際大会での“応援活動”の再開にも意欲的だ。
「大会終了後も、日本人選手に力強いエールを送り続ける」
「もし、再び海外へのスムーズな移動が出来るようになった時には、日の丸のハチマキや国旗を背負って、再び応援に出かけたいと思っています。来年開催される予定となっているカタール・ワールドカップや3年後のパリ五輪では、これまで以上の声援を送って、選手をサポートしたい。前代未聞の無観客開催の五輪を経験し、その想いは一層強くなりましたね」。
日本選手への「応援」がライフワークだという横山さんは、「日本の応援団を増やす活動」にも力を入れようと考えている。
「これまでにも、さまざまなスポーツ大会に足を運んできました。ですが、現地まで応援に訪れる日本人があまり多くなかったこともあって、数的な面で、“不利な戦い”を強いられてきたのが現状です」。これまでに訪れた国では、応援仲間を増やそうと、日の丸が描かれたハチマキを無料で配るなどしてきた。それでも他国に比べると、まだまだ日本選手の応援団は少ないという。
「今回、東京五輪を見ることが出来ずに、悔しい思いをしている方も多いと思いますが、コロナが収束したら、ぜひ海外に踏み出して、一緒に選手たちを応援してほしいと思います」と呼びかける。
前代未聞の無観客での開催となった東京五輪。一時は「呪われた五輪」などとやゆされたこともあったが、結果として新たなスター選手が誕生し、それによってこれまであまり注目されてこなかった競技種目が日の目を見るようになった。
横山さんは言う。「新種目として採用されたサーフィン、スケートボード、スポーツクライミングなどの競技、そして光と音を組み合わせた演出で、見やすい競技に進化を遂げたフェンシングなど、さまざまな競技が『魅せる』ことに重点を置き、エンターテイメントとして進化を遂げてきたように感じました。少子高齢化が進む日本では、スポーツをする人よりも、観て楽しむ人の割合が増え続けていくことになると思いますが、今後もさまざまなツールを通じて、エンターテイメントとしてスポーツが楽しめる環境を整備していってほしいなと感じています」。
(白鳥純一)