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川勝静岡県知事再選でリニア新幹線の着工はどうなる

再選を果たした川勝平太静岡県知事
再選を果たした川勝平太静岡県知事

リニア反対の川勝氏が再選 静岡知事選に見る前途多難=佐藤信之

 去る6月20日、静岡県知事選挙が行われた。現職の川勝平太氏が、自民党静岡県連が擁立し党が公認した岩井茂樹氏を33万票の差を付けて勝利した。これで川勝県政は4期目に入ることになる。

 川勝知事は、静岡市長との対立、議会運営での問題を抱えていながら、選挙民による固い支持を得られるのはなぜか。基本的には、言動が分かりやすいということ、主義主張を横に置くとして、県民の利害に真摯(しんし)に取り組む姿がうかがえることであろう。ポピュリストというよりも、性根から人が良いのだろう。

 リニア中央新幹線の問題で強く出ているのは、結局、リニアによって静岡県民には利益がない上に、大井川の流域の住民や産業に大きな被害を招来しかねないということ。そのため、県民の側に立つ川勝知事は、理屈抜きで反リニアの立場をとるということになるのである。

 川勝知事は、科学的・客観的に技術的問題として対応するとしているが、国の有識者会議の議論への対応を見ると、自分の側に都合の悪い議論を真っ向から否定するなど、科学的・客観的態度とは思えない。

単独事業の計画が仇に

リニア中央新幹線の実験線車両 
リニア中央新幹線の実験線車両 

 リニア中央新幹線は、JR東海が会社の将来を託すプロジェクトとして、1987年の会社設立の時に立ち上げられた。国に働きかけて、整備新幹線の中央新幹線として位置づけられ、国はJR東海と日本鉄道建設公団(当時)に整備計画の策定を指示した。しかし、当時は、各地で整備新幹線の誘致合戦が起こっており、着工候補に入っていなかったリニア中央新幹線の事業化手続きが進められることはなかった。そこで、JR東海は、整備新幹線のスキームは維持しつつ、自社の単独事業として計画を進めることになった。

 整備スキームでは、国が運営主体と整備主体を指定するが、中央新幹線以外は、国の元日本鉄道建設公団(現鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が整備し、JRが運営することになった。また整備新幹線は、国の実施する公共事業であるが、リニア中央新幹線は、実際は、JR東海という民間企業が実施する民間のプロジェクトである。

 今、静岡工区で工事を止めているのは、河川法の河川占用許可の手続きに入れないためである。開発面積が5ヘクタール以上(追加工事で5ヘクタールを超える)の場合、河川法の手続きに入るには、静岡県自然環境保全条例で開発の許可を得る必要がある。また、自然環境の保全のため、特に必要がある場合に自然環境保全協定を結ぶことが求められる。そして法律手続きは、この協定が締結されて初めて開始することができるのである。

 ただ、河川法、県の自然環境保全条例は、国の行う事業には適用されない。つまり、リニア中央新幹線を公共事業として国が整備するならば、県の関与は大きく縮小するはずであった。整備新幹線は公共事業であるが、リニア中央新幹線は民間のプロジェクトであるということが、結果として、プロジェクトを窮地に陥らせてしまったといえる。

 大井川は1級河川であり、基本的には国が管理するが、下流部と長島ダムの区間を除いて静岡県に管理を任せている。リニアのトンネルと交差する上流部まで国の管理とすれば、占用許可は容易ではないかという意見がみられるが、その前提として、静岡県の制度が立ちふさがっているのである。

 ならば、現在JR東海が直接施工している南アルプストンネルを、国の鉄道・運輸機構の施行とするならば、もともと整備新幹線は公共事業であるので、河川法や県の条例をパスすることも可能なのではないだろうか。

 しかし、話がこじれにこじれた現在、それに加えて静岡県はJR東海に対して、住民の同意なしに工事に着手しないことを求めている状況では、これもウルトラCとはならない。

ウルトラC想定できず

 今後どのような展開が予想されるのかであるが、川勝知事は一貫して「リニアに反対しているわけではない」と語ってきた。静岡県も、「必要なのはリスクマネジメントである」ことを強調した。

 南アルプストンネルは極めて難工事が予想される。過去の長大トンネルの経験から、実際に掘ってみないと分からないことが多い。それにJR東海の調査では、突発的な出水のリスクが想定されている。そのようなアクシデントが起きないようにどのような対策をとるのか、起きた場合にどのように対処するのかを明確にする必要があるというのである。一見、落としどころを暗示しているように思われるが、国の有識者会議では、一転して、下流域の地下水に対する影響の有無でこじれてしまった。有識者会議は、JR東海による、下流域の地下水は大井川の流れが地下に浸透したもので、トンネル工事による地下水の流出に影響を受けないという説明を受け入れた。これに対して、静岡県は、国の有識者会議の中立性に疑いを持ち、態度を硬化させてしまった。

 川勝知事は、JR東海に対してルート変更を要求し、JR東海は、株主総会でルート変更を全面的に否定した。ルートを北にずらして静岡県を迂回する場合、県境の北側には南アルプス国立公園の特別保護地区が広がっている。さらに国立公園を避けようとすると、中央本線の近く、かつての伊那ルートまで遠回りすることになる。その場合、山梨県駅から長野県駅(飯田市)まで、全ルートの4分の1近くのルート選定をやり直さなければならない。路線を直線的にするには長野県駅は伊那市に移すことが必要になるかもしれない。既に工事を進めている箇所では、施設をすべて放棄することになる。

 国の有識者会議は、仲裁役を期待されて設置されたが、その役割を果たせなかった。しかし、ウルトラCが想定できない以上、両者から信頼を得られる仲裁役が中に入って、両者のわだかまりを解消する地味な取り組みが、考えうる唯一の方法である。

(佐藤信之・交通評論家)

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