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社会を前向きに変える 「チェンジメーカー」を育てる【Education Navi】

解のない課題解決に取り組み、地域や社会に貢献社会を前向きに変える「チェンジメーカー」を育てる─斬新な教育カリキュラムで学ぶ公立大が開校─

 2021年4月、広島市に従来の大学とはひと味違う公立大・叡啓大学が誕生した。ソーシャルシステムデザイン学部のみの単科大で入学定員は100人、うち20人が留学生というコンパクトな大学だ。先行き不透明な社会のなか、解のない課題に自ら積極的に取り組み、新しい社会を創造する人材育成を目指すという。どのような教育が行われているのか、有信睦弘学長に聞いた。

叡啓大学 有信睦弘 学長
叡啓大学 有信睦弘 学長

新しい知性で新たな社会を――大学名に込めた思い

  広島県に5校目の公立大学として開学した叡啓大学は、JR広島駅から徒歩10分という極めて交通至便な地にありながら、「広島」の名を冠していない。その理由を有信睦弘学長はこのように語る。

 「叡啓大学の『叡』は深い知性、『啓』は啓くということを意味します。新たな知性を啓くとともに、獲得した知性によって新たな社会を拓くという思いが込められています」

 AI(人工知能)をはじめとする情報通信技術の発展がすさまじい勢いで進む現代社会。10~20年後には、現在の仕事の半数がなくなってしまうとも予想されている。

 一方で、気候変動や甚大な自然災害は科学技術の発展が遠因され、自然や人間社会と調和する科学技術の開発が望まれるようになっている。

 叡啓大学では、このようなさまざまな問題が錯綜し、先行きの読めない不透明な社会のなかで、たくましく生き抜くために必要な資質やスキル、それを社会のさまざまな場面や領域で生かせる力として5つの「コンピテンシー」(資質・能力)を設定した。「先見性」「戦略性」「グローバル・コラボレーション力」「実行力」「自己研鑽力」で、これらを卒業までに獲得することを目指している。

「従来の大学教育は、学問を深く掘り下げて得た知識を持って社会に貢献することを狙いとしてきました。それは確かに価値のあることです。しかし、定められた答えを導くための知識や技術を磨いてきた若者たちは、確たる解のない現代社会で新しいことにチャレンジしようとすると、途方に暮れてしまいます。私たちは、そのような先行き不透明な社会のなかで自ら課題を発見し、解決策を立案して実行することで、新たな価値を創造し、社会にイノベーションを起こせる人材の育成を目指し、大学を設立したのです」

社会を見る眼を養い「教養力」を高めるリベラルアーツ教育を重視

 現代社会が抱える問題は複雑な要素が絡み合い、その解決策を探るためには、文系・理系の枠を超えた総合的なアプローチが必要だ。にもかかわらず、日本の高校では早い段階から「文理分け」が行われ、以後、文系の生徒は数学や物理、化学などを、理系の生徒は国語や地歴、公民などを満足に学ばないまま卒業し、大学に進学しているのが現状だ。

 中央教育審議会の答申にもあるように、数学は国語や英語と並ぶ言語活動と位置づけられ、従来のような公式を覚えて正解を出すという活動では不充分だとされている。数学を理系科目とする発想そのものが間違いだという声もある。 

 「大学受験のためという名目で、無理やり文系・理系に分けて型にはめてしまっている。文系の生徒はすべて数学が苦手で嫌いというわけではないのです。本学は文理という枠で学生は選抜しません。カリキュラムでも、文系・理系という枠を超えて社会を俯瞰的に見る眼を養い、真の『教養力』を身につけるために、リベラルアーツ教育を重視しています」リベラルアーツ科目は、SDGs(持続可能な開発目標)を意識し、SDGsの17のゴールを国連が分類した5つのP、「Peace(平和)、Partnership(共創)、People(人間)、Prosperity(繁栄)、Planet(地球)」を軸として設定している。

 このほか、これまでの大学教育の枠にとどまらないカリキュラムが用意されている。

 まず、前述した社会で生き抜くための5つのコンピテンシーのベースとなるICTやデータサイエンス、ロジカルシンキング、クリティカルシンキングなどを身に付ける科目を基本的なツール科目として、全員が履修する。

 グローバル・コラボレーション力を高めるための英語教育については、「実践英語」として入学時からの半年間で徹底的に英語のコミュニケーション能力を鍛える。「Intensive English Program(英語集中プログラム)」を実施することで、1年次3学期には英語で授業を受けられるレベルの英語力到達を目標としている。「英語集中プログラムは既にスタートしていますが、かなり厳しい授業にも関わらすず、学生たちは好奇心を持って楽しんで取り組んでいます。教科書的でない、極めて実践的な授業スタイルが功を奏しているのでしょう」英語集中プログラムだけでなく、叡啓大学ではすべての授業科目で、ディスカッションやディベートなどにより学生の積極的な参加を促すアクティブ・ラーニングを採り入れているのも大きな特徴だ。

地元企業とのコラボで取り組む課題解決演習(PBL)

  叡啓大学の教育カリキュラムのもう一つの大きな特色として、自ら課題を発見し、実習やフィールドワークなどの体験を通して課題解決力や他者との協働力、リーダーシップなどを養う「課題解決演習(PBL)」がある。

 1年次の「課題解決入門」で課題発見・解決に必要な知識やスキルを自覚する。2、3年次では企業などから提供された課題についてを探究し、解決策の提案までを行う演習に取り組み、4年次の卒業プロジェクトにつなげていく。

 「広島県は西日本を代表する一大ものづくり地域です。既に、PBLを展開するためのプラットフォームづくりに着手しており、地元企業に向けてPBLの主旨や内容を紹介する説明会を開催し、複数の企業や公的機関から前向きな回答をいただいています。 グローバル化が進むなか、中小企業をはじめとする多くの企業が、さまざまな経営的課題を抱えています。そうした生きた課題に、学生たちが身に付けた知識とスキルを持って取り組む場として、このプラットフォームを生かしていきたい。学生たちは現場の知識はなく、未熟かもしれませんが、既成観念にとらわれない自由な発想ができ、それによって、思わぬ解決策を生み出すかもしれません。学生の提案が企業や公的機関の課題解決につながり、学生は成長し、大学も評価が高まるというウィンウィンの関係を築きたい。そして、大学卒業後もさまざまな形で地域に貢献していってほしいと考えています」

 ドラスティックに変化するこれからの社会のなかで、新たな価値を見出し、社会にイノベーションを起こせる人材育成をめざす叡啓大学。有信学長は「地域に根差してグローバルに突き抜ける人材育成を行い、社会を前向きに変えることのできるチェンジメーカーを育てたい」と意気込む。新しいタイプの公立大がどんな学生を育てるのか注目される。

■人物略歴

有信睦弘(ありのぶ・むつひろ)学長1947年生まれ。76 年、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了(工学博士)。 同年から2008 年まで東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝)に勤務し、研究開発センター所長などを歴任。東京大学監事、理化学研究所理事などを経て、18 年、東京大学執行役・副学長に就任。21年4月から現職。

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