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経済・企業 携帯電話料金

格安スマホ会社が存亡の危機 大手値下げと総務省混乱が痛手=岩見幸太郎

新形態料金「LINEMO(ラインモ)」を発表するソフトバンクの寺尾洋幸常務(今年2月、東京都港区で)
新形態料金「LINEMO(ラインモ)」を発表するソフトバンクの寺尾洋幸常務(今年2月、東京都港区で)

 NTTドコモなど携帯電話大手3社が相次ぎ投入した低料金プランによって格安スマートフォン事業者(MVNO、仮想移動体通信事業者)が存亡の危機に直面している。MVNO各社は、大手3社の音声回線卸料金の大幅引き下げが収益改善の起爆剤になると期待していたが、総務省でその政策を推進していた谷脇康彦元総務審議官が接待問題によって辞任。通信政策を担う同省のテレコム部隊には谷脇氏の穴を埋められる人材が不足しており、頼みの綱を失った格安スマホ各社は巻き返し策を見いだせないでいる。

値下げは政府主導

 総務省は6月29日、携帯大手3社が提供を始めた低料金プランの契約数が5月末で約1570万件に達し、利用者の負担軽減額は約4300億円、今後の乗り換え意向も含めると1兆円に拡大すると発表した。武田良太総務相は「新型コロナ禍で家庭の固定費負担が深刻になるなか、低廉な料金プランに移行した」と政府主導の携帯料金引き下げを自画自賛した。

 ドコモの「ahamo(アハモ)」、KDDIの「povo(ポヴォ)」、ソフトバンクの「LINEMO(ラインモ)」──。大手3社が3月から順次提供を始めた低料金プランは月額2800円前後で20ギガバイトのデータ通信量と1回5分までの音声定額が付く(KDDIは音声が別だと2480円)。MVNOの既存の料金プランより安く、業界に激震が走った。

 一定の時間内での音声定額のサービスを打ち出すMVNOもあったが、多くの場合、通話サービスでは大手3社との正面衝突は回避。データ使用量の少ないプランに的を絞るなど苦肉の対抗策を打ち出した。だが、総務省が6月に発表した調査では、乗り換え先の事業者で、MVNOを選択した利用者は7・4%にとどまり(図1)、大手が強さを示した。

 官房長官時代から「携帯料金は4割下げる余地がある」と発言していた菅義偉首相は、携帯料金引き下げを政権公約に掲げた。その命を受けた武田総務相は大手3社に引き下げを要請した。しかし、それは競争ルールの整備による料金低廉化を進める総務省の施策とは異質な、政権による強引な“市場介入”である。

 MVNOは、大手携帯事業者から通信回線(電波帯域)を借りて携帯電話サービスを提供しており、格安スマホ会社とも呼ばれる。契約数は国内携帯電話の1割強だが、大手通信事業者系MVNOが上位を占めており、独立系や新規参入組の経営状態は厳しい。総務省の調査によると、大手3社から直接回線を借りるMVNOは2021年3月末で653社と前年より44社も増加。MVNO経由の2次代理店的企業を含めると1513社に上る。

 MM総研(東京都港区)の調査では、21年3月末のSIMカード契約数(MVNOがSIMカードを使って独自の料金プランで提供するサービス)は1261・6万回線で、前年同期比15・9%減と09年の調査開始以来、初めて減少した。最大の要因は、契約数首位だったUQモバイルがKDDIに吸収され調査対象から外れたことに加え、自社設備による携帯事業に参入した楽天モバイルがMVNO契約者の移行を進めたためだ。低料金プランの影響が顕在化するのはこれからだが、MM総研は格安スマホ用のSIMカード契約数は今期も純減を予想する(図2)。

 MVNOでは身売りを検討している企業もあるとみられているが、MM総研の横田英明常務取締役研究部長は「小規模なMVNOは契約数が少ないので買収メリットがない」と指摘。合従連衡は進みにくいとみる。

待ち受ける市場寡占化

 総務省は10年以上前から、携帯電話市場の大手寡占や料金の高止まりを是正するためにMVNOの支援策を相次いで講じてきた。その中心的役割を果たしてきたのが谷脇氏だった。顧客囲い込み競争に明け暮れる大手3社に、接続料(卸料金)算定の制度化(02年6月)や、SIMカードを自社サービスにしか使えないように“鍵”をかける「SIMロック」の解除の義務化(15年5月)を受け入れさせた。今年10月にはSIMロックを原則禁止にし、利用者は余分な手数料なしに自由にサービス業者を選べるようになる。

 ただ、データ通信回線の卸料金はコスト低減により年々低下傾向にあるが、音声卸料金の高止まりによって、MVNOが競争力のある音声定額プランを打ち出せない状態が続いている。

 独立系MVNOの日本通信はドコモと交渉を続けた結果、総務大臣裁定により「音声卸料金が8割下がった」(福田尚久社長)ため、音声定額サービスの提供が可能になった。ただ、大臣裁定の適用は当事者だけ。他のMVNOが同様の卸料金算定を求めるには携帯事業者と交渉する必要があり、専門家がいない中小MVNOには負担が大きい。

 谷脇氏は、大手事業者による音声卸料金の引き下げが可能になる「原価ベースでの料金算定」に変更するよう電気通信事業法を改正するつもりで準備を進めていた。大手3社による猛反発が当然に予想される。大手3社の専門家と直談判する剛腕さと緻密な制度設計ができる戦略性に富んだ官僚でなければ、実効性がある法律改正を成し遂げられない。旧郵政省の同期で政策学者の中村伊知哉氏は、谷脇氏を「理論家であり、かつ政策を実行するという両方ができる役人は極めて稀有(けう)」と評価する。

 幹部が相次ぎ辞任や降格された総務省のテレコム部門は年次の逆転や出向者の急な出戻りなど人事が混乱。同省が昨年10月に携帯市場の政策課題をまとめた「アクション・プラン」には、「大手とMVNOによる卸料金に関する協議が有効に働くためのルール整備を検討」とあるが、強力な交渉力を持つ官僚がいなければ「絵に描いた餅」に終わりそうだ。「谷脇さんがいなければ制度改正は厳しい」(福田氏)と嘆き節が聞こえてくる。

 ようやく一般に認知され始めたMVNO業界は、目先の人気取りに走った政治と通信行政の自壊によって存続が危ぶまれている。その先に待ち受ける現実は、従来よりも一段と強固になった市場の寡占化だろう。

(岩見幸太郎・ジャーナリスト)

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